製品技術紹介

携帯電話向け Carrier Aggregation対応SAW Multiplexerの開発動向

電波新聞第2部「ハイテクノロジー」2016年3月10日号に掲載された内容を再構築したものです。

掲載誌:電波新聞第2部「ハイテクノロジー」2016年3月10日号

・はじめに

近年、携帯電話の市場変化は著しい。携帯に求められる要求として、小型化及び高機能化は最も重要な要素の一つとなっている。これらの市場背景を受け、村田製作所では現在複数のBANDの送受信フィルタ機能をまとめたSAW Multiplexerの開発を行っている。ここでは当製品の開発背景の理解を深めるため、まず携帯電話市場の歴史に目を向ける。なお、図1ではその市場動向をまとめている。

かつての移動体通信機器といえば自動車電話、ハンドヘルド型携帯電話であったが、スティック型、二つ折り型とさまざまな形態を変えながら、現在のSmart Phoneに至っている。その筺体は視認性向上からDisplayのサイズアップとともにデザイン性向上や携行性の観点から薄型化・軽量化などが推し進められており、内部部品の集積化が進んでいることは容易に想像できる。

また、機能面においても携帯電話とインターネットとの融合が進み、かつては電話をすることが主目的であった携帯電話も、現在では電話機能だけでなく高機能化を求められている。動画閲覧や、SNSでの画像・動画Upload、ビデオ通話など、これらが日常の一部となっているユーザも少なくないだろう。これらの例からもわかるようにSmart Phone時代到来により高機能化が進み、通信量もこれらのマルチメディア化を背景に指数関数的に増加の一途をたどっている。

ではSmart Phoneの内部で高周波信号を処理するRF Front End部の観点ではどうだろうか?事実、RF Front End部でも集積化が進んでいる一方で、通信量増加に伴い高速大容量通信化の要求が高まっている。この実現のため、以下の3点が主な動向となっている。

1.通信方式の効率化 (例:WCDMAからLTEなど)
2.通信トラヒックの拡充 (例:Multiple-input and Multiple-output(MIMO)、Carrier Aggregation(CA)など)
3.RF Front End部の部品点数増加(例:LTE搭載BAND数増加、MIMO Filter需要など)

これらの動向から、RF Front End部では、「如何に高速大容量通信を実現するか」、また「部品点数増加傾向の中、如何に集積化(省スペース化)ができるか」といった点が部品採用を決める重要な要素の一つとなっている。

本稿では、これらの動向から需要が生じたMultiplexerの紹介および村田製作所の開発動向の紹介を行う。

図1 携帯電話の市場動向

・Carrier Aggregationの働きおよび課題

Multiplexerの需要が高まった背景は、市場要求としてCAの要求が高まってきたことに起因している。CAとは、具体的には通信トラヒックを増加させるために複数のLTE BANDを用いて同時LTE通信することで通信速度を上げる手法である。このCA機能の実現にあたり、図2に示すようなRF Front End構成の変化が生じている。

なお、BAND Combination がLow BAND(1GHz以下) と High BAND(2.3GHz以上) のようにBAND間の周波数が離れている場合、Diplexerを介して複数BANDの同時通信が実現可能となる。一方で、周波数が近いBAND Combination の場合においては、図2内の構成例2aと2bにそれぞれ示すように、Multiplexerを用いる構成とAntennaを複数用いてCAを実現する構成が存在する。

しかしながら、上述している通り設計スペースという観点と、携帯電話の高機能化と部品点数増加の相反する関係に悩まされている端末設計者は、基本的にAntenna本数を増やすことを敬遠する傾向にある。そのため、1つのパッケージ内に複数BANDの機能を搭載し、それらをAntenna portで複数の周波数信号を一つにまとめる(Diplex)構造であるMultiplexer、Multi Filterの需要が高まっている。この構造をとることで、追加Antennaといった部品点数増加を回避しCAの実現が可能となる。

また周波数で分割して同時送受信を行うFDD SystemでのCA時には、自BANDのIsolationだけなく、他方のBANDに対するIsolation(Cross Isolation)を考慮する必要があるが、MultiplexerはこのCross Isolationも考慮されているため、端末設計者はRF Front End構成でCross Isolation確保に対して頭を悩ます必要が無い。このことも有り、端末メーカからのMultiplexerに対する期待度は高い。

なお、現在2 BANDを用いたCAが主流であり、構成例2a内に示すQuadplexerが注目されている。

図2 Carrier Aggregation機能の有無におけるRF Front End構成例

・村田製作所Quadplexerの紹介

QuadplexerはAntenna portでそれぞれ2BANDの送信帯(Tx)/受信帯(Rx)の計4BANDをDiplexする構造をとっている。以上のことから、Duplexer以上に複数のフィルタを合成することで生じる併設損が発生しやすくInsertion Loss(I.L.)の確保が難しい。特にBAND3のような広帯域かつTx/Rx間の周波数間隔が狭いBANDでは、Isolation を確保しつつ、如何に低I.L.を実現するかが課題となっている。加えて、高調波成分などの不要波に対してSpurious EmissionやBlocking要求を満足していくことは、これまでのDuplexer設計以上に難しくなってきている。そのため、Duplexerメーカ各社はこれらの特性確保に向けしのぎを削っているのが実情である。

ここで村田製作所が開発中の3620サイズ BAND 1+3 Quadplexer(製品名:SAHRT1G74BB0B0A)を紹介する。当製品は高難易度BANDであるBAND3を含んだQuadplexerであり、上述の通り特性確保が課題となる製品である。なお、当製品の特性例としてBAND 3Tx特性を図3に示す。

当製品では、電気機械結合係数が大きいSAW デバイスの特性を活かし、広帯域なBAND3でも低I.L.が実現できている。またTC-SAW1)技術を採用しており、温度変化に対する周波数ドリフト量を最小限に抑えることができており、約-20ppm/deg.C以下で制御できている。結果、温度特性を考慮したSPECにおいても、充分なIsolation を確保しつつ世界最高レベルの低I.L. SPECを実現できている。また、SAW デバイスの特性およびTC-SAW技術の観点から、帯域伸長回路を使わず低I.L.特性は実現可能であり、これにより高調波部での充分な減衰を確保することも併せて可能となっている。結果、端末として消費電流の低減と充分な受信感度の実現が可能となり、現在市場から最も期待されている商品の一つとなっている。なお、当製品はモジュール構造ではなく1つのパッケージ内に各設計要素を盛り込む構造をとっており、小型化に対するポテンシャルを持っている製品である。今後、特性面だけでなくサイズ面でも市場要求である集積化要求に応えていく予定だ。

SAHRT1G74BB0B0AのBAND3Tx特性のグラフ
図3 SAHRT1G74BB0B0AのBAND3Tx特性

・今後の展望

将来的にRF Front End部の集積化と並行して、3BAND以上を用いたCAも導入される予定となっており、RF Front End部の形態も多様化・複雑化することが予想される。村田製作所としては、HexaplexerやPentaplexerなど、さらなる多BAND集積型のSolutionも視野に入れて開発を進めている。なお、現行CAのBAND Combination やAntenna周辺構成等は依然流動的な部分がある。これらを充分にマーケティングした上で市場状況と需要が合致したラインナップ展開を今後行っていく予定である。

また、CAの多様化により「Inter Modulation Distortion(IMD)」と「耐電力」が今後の技術課題の一つとなっている。これらは多BAND化に伴い同時送信するBAND数も増加し、IMDによる影響が無視できなくなる点、Front End構成の複雑化に伴いFront End 部の挿入損失が増すことでPower Amplifierの出力が大きくなる点に起因している。目下、これらに対する研究および開発を行っており、市場要求と合致した形で対策設計を盛り込んでいく予定である。

村田製作所のSAWデバイスは今後もMultiplexerを含めすべての製品において市場動向・ニーズに対応した製品を市場投入していき総合的な観点からRF市場をInnovateしていくことで、顧客満足につなげていく。

 

注釈

1)Temperature Compensated-Surface Acoustic Waveの略。温度変化時の周波数ドリフト量の低減を特徴とする技術。

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