製品技術紹介

積層セラミックコンデンサの動的モデルと進化する回路シミュレーション

電波新聞第2部「ハイテクノロジー」2016年8月18日号に掲載された内容を再構築したものです。

掲載誌:電波新聞第2部「ハイテクノロジー」2016年8月18日号

1.はじめに

株式会社村田製作所は、積層セラミックコンデンサの動的モデルを開発し当社ウェブサイトに公開した(図1)。動的モデルは回路シミュレーションの実行において、任意に指定される温度とDCバイアス電圧印加時の特性が反映可能となる。ここでは、動的モデルの概要と回路シミュレーションへの応用例を紹介する。

図1. 積層セラミックコンデンサの動的モデルによるインピーダンスの計算例

2.開発の背景

近年、電子機器は信号の高速化、部品点数の増大、高密度実装化にともない、設計の難易度が高い。設計者は試作コスト削減のために試作実験の回数を減らし、回路シミュレーション技術を活用して、確度の高い設計を短期間で実現する必要がある。高精度なシミュレーションを実現するには高精度な部品モデルの設定が必要となる。積層セラミックコンデンサは特に高誘電率系において温度やDCバイアス電圧の依存性が見られ、条件によっては容量やESR*1の変動が無視できない。たとえば、DC-DCコンバータの設計においてはDCバイアス電圧の依存性に加えて、発熱による温度の依存性も考慮する必要がある(図2)。このような設計事情において、回路の動作条件による依存性を動的に反映できる部品モデルが望まれてきた。

図2. 静電容量値の温度とDCバイアス電圧に対する依存性

3.動的モデルの概要

当社が提供する積層セラミックコンデンサの動的モデル*2は、温度とDCバイアス電圧印加時の特性を回路シミュレーション上で、高精度かつ動的に反映することができる。等価回路モデルは常温(25℃)でDCバイアスが0Vの静的モデル*3を基準としており、これにビヘイビア電源と呼ばれる電流源モデルを並列に接続して構成している。電流源モデルは温度とDCバイアス電圧の印加による容量とESRの変化分を自動で計算するため、これらの依存性が動的に反映される仕組みとなっている(図3)。

動的モデルを構成する素子は基本的であり、DC解析やAC解析、過渡解析などの様々な解析に対応するため、確度の高い回路設計を効率よく実施できる。表1は各種回路シミュレータに向けた当社動的モデルの公開状況である。各ソフト対応したモデルライブラリは、当社ウェブサイト*4からダウンロードして利用でき、これまで多くのユーザーに活用され、好評を頂いている。

また、同じくウェブサイト上の設計支援ソフトSimSurfing*5では、動的モデルを用いて計算されるさまざまな特性をグラフ表示で確認できる。たとえば、複数の部品でDCバイアス電圧を変えながらインピーダンスの周波数特性を比較することが簡単にできる。また、SimSurfing上で任意の温度とDCバイアス電圧を入力すれば、入力した条件のSパラメータやSPICEネットリストが出力できる。出力されるSPICEネットリストは、回路の基本的な要素(R, L, C)だけで構成される静的モデルとなるため、シミュレータが動的モデルに対応しない場合や計算量の負荷を軽減する場合に有効である。なお、静的モデルは回路上の任意の条件に自動で対応できないが、条件が一意的に指定される場合は動的モデルと厳密に一致する。

図3. 積層セラミックコンデンサの動的モデル(例)
各種回路シミュレータに向けた当社動的モデルの公開状況の表
表1. 各種回路シミュレータに向けた当社動的モデルの公開状況

4.応用例

ここでは、DC-DCコンバータの特性解析に動的モデルを適用した例を示す。図4は降圧型DC-DCコンバータの回路図であり、出力端子における電圧の測定値とシミュレーション値の比較を行った。動的モデルは出力回路の平滑コンデンサに適用し、比較のため、従来の静的モデル(常温、DC電圧0V)を用いた場合の計算値と合わせて示した。測定条件と計算条件の緒元は表2に示した。図5は出力端子におけるリップル電圧(左)と負荷変動による電圧の過渡応答(右)である。リップル電圧は直流成分を除いた値で比較しているが、動的モデルの方が近似していることがわかる。また、過渡応答は負荷が5Ωから0.5Ωに変動(電流は0.5Aから5Aに変動)した場合の電圧波形を表している。負荷変動の直後、出力電圧の大きさは急峻に低下するが、動的モデルによる計算値は測定値と良好に一致している。電圧の緩やかな立ち上がり部分は直流電流の増大にともない、パワーインダクタの特性が影響する領域となるが、今回はパワーインダクタに動的モデルを適用していないために若干の相違を生む原因となっている。

測定条件と計算条件の緒元の表
表2. 測定条件と計算条件の緒元
図4. 降圧型DC-DCコンバータの回路図
図5. 出力端子におけるリップル電圧(左)と負荷変動による電圧の過渡応答(右)

5.今後の展開

当社が実施する動的モデルの作成法は汎用性の高い方法を採用しており、他の商品への展開が容易である。パワーインダクタは材料の物性値に依存した直流重畳特性があるが、当社の動的モデルは直流電流によるインダクタンスやQ値の依存性を反映することができる。このため、積層セラミックコンデンサと合わせて使用すれば、さらに高精度なシミュレーションが実施可能となる。今後は動的モデルに対応したライブラリを多くのシミュレータに向けて提供するとともに、新たな計算機能や対応品種を拡充して、さまざまなユーザー要求に応える予定である(図6)。

図6. 今後の展開

6.むすび

本稿では、積層セラミックコンデンサの動的モデルを回路シミュレーションの応用例とともに紹介した。製品の開発・設計において信号(SI)、電源(PI)、電磁波妨害(EMI)などの品質要求が一段と高度化しており、部品の重要特性を反映させた高精度モデルの提供はますます重要となっている。当社の動的モデルはこれらの要望に対応するものであり、今後も適用品種と機能を拡充して、回路シミュレーションを用いた開発・設計の進化に貢献するものと考えている。

【用語解説】
*1 ESR(Equivalent Series Resistance):等価直列抵抗。コンデンサにおけるインピーダンスの実数成分。
*2 動的モデル(Murata's dynamic model):特性がずれる要因を動的に反映することができるシミュレーション用の部品モデル。
*3 静的モデル(Murata's static model):条件を指定した場合の部品モデル。回路の基本的な要素(R, L, C)だけで構成される。
*4 https://www.murata.com/
*5 https://ds.murata.co.jp/simsurfing/index.html?lcid=ja

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