研究者の横顔

元素レベルでの置き換え -錯体重合法- で生まれた新しい磁性材料、ヘキサゴナルフェライトが、マルチフェロイクスの可能性を拓く

菊池 丈幸 氏/Takeyuki Kikuchi
公立大学法人 兵庫県立大学 大学院 工学研究科 物質系工学専攻 博士 (工学)/准教授

1994年3月 岡山大学 工学部精密応用化学科卒業
1996年3月 岡山大学大学院 工学研究科修士課程精密応用化学専攻修了
1999年3月 岡山大学大学院 自然科学研究科博士後期課程物質科学専攻修了
姫路工業大学 (当時) 助手を経て、兵庫県立大学准教授。

高温超伝導の研究を出発点に、フェライトの研究へと歩を進めた兵庫県立大学大学院の菊池丈幸准教授。元素レベルでの置き換えにより、新たな機能を持つ材料を作り出している。数年前に完成させたのが、Sr-Co-Fe系Z型ヘキサゴナルフェライト。この材料がマルチフェロイクスの効果を持つことが報告された。電子部品材料として使えば、電界と磁界の両面でコントロールできる夢の材料。今後の実用化に向けて、大きく期待が膨らんでいる。

無機材料の合成技術をベースに 保磁力の高いフェライトを研究

「無機材料」を合成する技術が専門分野。「有機」は炭素を含む化合物のことで、それ以外が無機。特に、金属と酸素が結びついた「金属酸化物」の合成を取り扱う。最近、力を注ぐのは、酸化鉄を主成分とする磁性材料「フェライト」の研究。その中でも結晶構造が六方晶で、3種類の金属の複合酸化物である「ヘキサゴナルフェライト」といわれるフェライトに着目し、「永久磁石の高性能化」などをテーマに研究を進めている。

優れた永久磁石とは、すなわち、小さな体積で、強力な磁界を安定的に発生し続ける磁石のこと。「磁化」は組成・構造に依存し、「保磁力」は組成・構造と組織に依存する。つまり、組織を制御することにより、保磁力を向上させて性能アップを図ることができる。

ヘキサゴナルフェライトは、鉄 (Fe) と2価金属と「A」という元素からなる金属酸化物。Aに含まれる元素として、バリウム (Ba) 、鉛 (Pb) 、ストロンチウム (Sr) が知られている。合成プロセスの改良によって合性温度の低温化が実現し、フェライト粒子の微細化に成功した。それによって特性が変化し、高い保磁力を示すようになる。

BaとSrを元素レベルで置換する -錯体重合法-の可能性

(Ba. Sr) -Co-Fe系Z型フェライトでは、Srの比率が増すことによって合成の難易度が上がる。通常の合成方法の場合、材料を機械的に粉砕し、それを加熱して焼成する。ただし、固体の粉砕ではサブミクロン以下にすることが困難なため、それ以上は混ざらない。粉砕状態のものに熱を加えて拡散させ、化学反応によって混ぜ合わせることになる。従来の研究では、Baを完全にSrに置き換えた例はなく、可能性は示唆されていたものの実際に合成された例はなかった。

菊池准教授が指向したのは、分子レベルでの合成方法。材料を水に溶かして水溶液にし、それを混ぜ合わせることで均等に混ざる。次に錯体の形成を行い、錯体間の重合による高分子化を行う。この混ざった状態を固定化し、焼成する。たとえ金属酸化物でも、酸性の溶液なら溶かすことは可能だ。溶液にすることで成分元素がよく混ざり、反応性も高くなる。この合成方法は-錯体重合法-といい、かつて超伝導の材料生成などで広く知られるようになった方法だという。菊池准教授は、この方法でBaを完全にSrに置き換えることに成功した。

こうしてできあがったZ型フェライトは、高周波帯で使用される電子部品材料として実用化が期待される。従来のフェライトの多くはスピネルフェライトといわれるものだが、ヘキサフェライトに変えることで、より高周波での「透磁率 (材料が受ける磁力の影響) 」を高めることができる。菊池准教授は「焼く温度が高いという課題は残るが、電子部品材料として実用化に向けた気運は高まっている」と語る。

錯体重合法 (Polymerizable Complex Method)

精密化学合成を実現するための手法の一つ。構成金属元素と金属硝酸塩を水に溶かし、クエン酸を加えて「錯体」を作り、そこにクエン酸とエステル結合を形成するグリコールなどを加え、加熱することで重合反応を起こさせて、ゲル (ゼリー状の物質) を得る。これで、ゲルの中に欲しい元素が混ざり合った状態になっているが、一部有機物も残っているため、加熱して燃やしてしまう。最後に熱は使うが、従来の合成法と比較して、より低温での合成が可能で、途中で溶液やゲルになるため、薄膜状にすることも、細長くして繊維状にすることも可能。「金属錯体」とは、金属イオンの周りに分子あるいはイオンが規則的に結合した状態のことで、有機物や無機化合物が単独では実現できない性質や反応を示す。

図: 従来の合成法と錯体重合法の比較 (M型Baフェライト)

図: 従来の合成法と錯体重合法の比較 (M型Baフェライト)

Z型は「マルチフェロイクス」 広がる電子部品材料としての可能性

永久磁石の材料として最強のフェライトを作ることから始まった研究は、意外な方向へと進んでいる。Sr-Co-Fe系Z型フェライトは、強磁性と強誘電性をあわせもつ「マルチフェロイクス」であることが報告されたのだ。つまり、磁場 (電場) を加えることによって、物質の電気分極 (磁化) が誘起される。

「応用範囲は広い。例えばハードディスクをはじめとする磁気記録は、磁場を発生させて書き込み、磁化を読み取って電気信号に変換する。磁性と誘電性が影響し合うと、磁化の部分で情報を保存し、読み書きは電場と分極を使ってやることができる。つまり磁気記録の書き込みと読み込みをそれぞれ電場と電気分極を介して電気的に直接行える。また、磁場を感じると電圧が変わるので、それを利用して電力供給の不要な磁気センサの開発が可能になる」菊池准教授は、マルチフェロイクスの可能性についてこう語る

菊池 丈幸氏

類似点が多い超伝導とフェライト 元素置き換えで機能をコントロール

学生のころ、高温超伝導ブームがあった。それを受け、材料合成の研究をしていた菊池准教授も超伝導材料の研究に打ち込んだ。その後、兵庫県立大学においてフェライトの研究に移行。「超伝導は銅の酸化物、フェライトは鉄の酸化物なので、類似点が多い。結晶構造が層状で、基本構造単位の組み合わせで分類できる点もそうだし、超伝導は電流が抵抗なく流れるが、超伝導の発現には磁性が深く関係している。そのときに出会ったのが錯体重合法という合成方法だった」と語る。

現在はマルチフェロイクスをメインに研究を続けている。磁石の磁性を強めるには、小さな磁石の集まりをある方向に向けてやればよい。菊池准教授は「マルチフェロイクスの場合は、まったく同じ方向ではなく、結晶の軸に対して斜めになっているものの集合体がマルチフェロイクスとなる。何らかの方法で、この方向を変えることができれば、マルチフェロイクスそのものをコントロールできることになる」と語る。では、どのような状態で最も特性を発揮するのか、あるいは特性を抑えて平均化するにはどうすればよいのか。すでに、錯体重合法で元素レベルでの置き換えを行い、めぼしい材料の合成に成功している。磁気特性も測った。その結果、強磁性は出ているが、果たして優れた強誘電性も示すのかどうか。今後とも研究課題は尽きないようだ。

マルチフェロイクス (Multiferroics)

「強誘電性」「強磁性」「強弾性」といった性質のうち2つ以上持つ物質のことで、外力に対して何らかの応答を示す。下図の電場 (E) に対して電気分極 (P) 、磁場 (H) に対して磁化 (M) 、応力 (δ) に対してひずみ (ε) が発現するが、それらは距離的秩序によってもたらされると理解されている。フェロイック (ferroic) はこれらの共通の性質を包括的に形容する概念で、マルチフェロイックは、多重 (マルチ) とフェロイックの合成語で、「多重強的秩序系」と訳される。

マルチフェロイック物質は、異なる秩序状態の相互作用により新たな応答が起きると期待されている。例えば、従来の材料のように、「磁場←→磁化」「電場←→電気分極」ではなく、「磁場←→電気分極」「電場←→磁化」が生じるようになる。このような現象は「電気磁気効果 (Magnetoelectric effect) 」と呼ばれ、低温や強い磁場を加えた場合のみに限られていたが、Sr-Co-Fe系Z型フェライトでは室温でも効果が現れる。新たな動作原理に基づくメモリやスイッチング素子などに応用することが期待されている。

参考: 知恵蔵2014

マルチフェロイクス (Multiferroics)