Leader Talk

無線通信のキーデバイスが整った
今、そして未来の暮らしを、便利に快適に

ミリ波の世界へ- 今後、さらに要求が増すと思われる高周波の技術 IoT社会の扉が開きつつあり、5Gという通信環境も見えてきた 長年にわたり、磨き上げてきたムラタの無線通信技術 いよいよその本領を発揮する時が来た

利根川 謙/Ken Tonegawa
通信・センサ事業本部 高周波デバイス事業部 事業部長

1988年入社。LTCCを用いたLC Filter、Module開発に従事。
2001年からフィンランド、英国にて、高周波部品の拡販・技術サポートを担当。
異文化での顧客対応を通して、普遍的な顧客視点での活動の重要性を実感した。
2013年より現職。趣味は、ゴルフ、読書。

従来のSAWフィルタから、温度特性を取り入れたTC-SAWへの進化、
M&AによるPA事業とRFフィルタの技術の取得、
自らの技術を否定することで生まれたチューナブルフィルタ
次々と生まれる革新のテクノロジーで、
通信分野におけるムラタの存在感が増している

無線通信用の高周波デバイス、
メインはSAWフィルタ

事業部で扱っている製品は、無線通信用の高周波デバイス。フィルタ関係、パワーアンプ (PA) 、ローノイズアンプ (LNA) 、高周波 (RF) スイッチなどがそれだ。加えて、LTCC (低温同時焼成セラミックス) を使った基板に、コイルやコンデンサを内蔵したモジュールも取り扱っている。ムラタのLTCCの特徴は、通常1500℃以上の高温で焼成されるセラミックスの材料にガラス成分を混ぜることで、焼成温度を900℃程度に下げること。このことによって、内蔵する配線に導体抵抗の低い銀や銅を使うことを可能とした。それに、SAW (弾性表面波) フィルタやPA、LNAを組み合わせてモジュール化している。

こうした製品は主にスマートフォン (スマホ) などに使われるが、機器1台あたりにスイッチ類は7~8個、PAは4~5個、LNAは3個ほど入っている。SAWフィルタに代表される表面波フィルタは、必要な周波数を通し、不必要なものをフィルタリングするもので、今やスマホには不可欠なデバイス。スマホの生産・出荷台数増に加え、1台あたりの搭載数も伸びており、多いもので50個近くにもなる。

求められる高周波の技術、
20GHz、60GHzという想定も

通信の世界では5Gという規格が見えてきた。今後とも要求されるのは高周波の技術。通信で使われている現状の周波数でいえば、700MHz~2.5GHz、3.5GHz。それが5Gとなると、5~6GHz、10~20GHz、さらには60GHzという周波数も使われだす。

高周波デバイスの技術的な課題は、高精度で微細な加工。メインのSAWフィルタでは、フィルタの小型化とともに電極の微細化が重要になる。また、周波数が高くなればなるほど調整が難しくなり、特性の改善が必要だ。デバイス自体の構造を変える必要があるのか、抵抗を下げるにはどんな工夫をすべきか。今後使われるであろう周波数20GHzとなると、未知の世界。ただ、基地局間の通信には使われている例があり、技術的にはムラタも対応している。

TC-SAW技術の確立で、
BAWフィルタ市場に対応

周波数帯域が広くなればなるほど、新しい技術が必要となる。これからのスマホなどは、新たな周波数に対応するために部品点数が増加する。従来であればバンド (利用できる周波数) は限られていたが、今後さらにバンドが追加搭載されると、携帯端末という限られたスペースの中にさらに多くの部品を搭載しなければならない。デバイスのモジュール化や高密度での部品実装が行われ、基板からの放熱や発熱部品との隣接による端末内部の温度上昇が避けては通れない課題となる。そうした端末内部の温度上昇という問題に対する解決策として、温度変化時の周波数シフト量の低減を目指した製品づくりが必要となっている。

SAWフィルタに対して、BAW (バルク弾性波) フィルタという技術がある。シリコンウエハを用い、周波数の間隔が狭く妨害波を除去する必要があるところで特性を発揮できる。米半導体メーカーが手がけるFBAR (Film Bulk Acoustic Resonator) などが代表例だ。今後の高周波化やバンド近接化においてはBAWフィルタが有利とされる。そこでムラタは、高周波帯域においても従来のSAW技術で対応できる範囲を広げ、BAW/FBARの領域でも大部分をカバーできるSAWの技術を確立した。それがTC (Temperature Compensated) -SAWである。このように、日々技術を進化させ、従来はできなかったようなことをムラタの技術でやっていく。

使われる周波数帯域が広くなれば新しい技術が必要になる
従来はできなかったようなことをムラタの技術でやっていく

PA事業とRFスイッチを導入、
アンテナ周りの主要3部品が揃う

近年、相次いでM&Aを行った。まず2012年3月にルネサスエレクトロニクス (株) のPA事業を買収。ムラタでは従来からPAを商品化していたが、Wi-Fi®用が中心で、スマホや携帯電話に使えるセルラー用のものがほしかった。現状の技術を進化させていくよりも、先行している他社技術を体内に取り込もうと協議し、M&Aに至った。

もう一つは、2014年12月に買収が完了した米国のペレグリン・セミコンダクター社。同社は、スマホのアンテナ周りの部品であるRFスイッチの最先端技術を有する会社で、以前よりムラタとの取り引きは多く、売り上げの7割ほどはムラタが占めていた。買収額の約490億円はムラタにとって最大規模。

ペレグリン社が有するCMOSのRFスイッチの技術はユニークなものだ。高周波向けの特性は出せないといわれていたCMOSを使いながら、高い特性を出している。ムラタも10年以上前から共に開発してきて、その技術の優位性は理解している。

スマホで電波を送受信するには、複数のFDD (同波数分割複信) 周波数帯の信号を所望のデュプレクサに接続するために切り換えたり、TDD (時分割複信) の送受信信号を送信受信回路に接続するために切り換えを行うスイッチ、信号を増幅するためのPA、電波から必要な周波数だけを取り出すSAWフィルタ、これらアンテナ周りの主要3部品が必要だ。ムラタにはシェアトップといわれるSAWフィルタがある。これにルネサスのPA、ペレグリン社のRFスイッチが加わることで、主要3部品がムラタ内部に揃い、スマホの高周波回路を構成するキーデバイスの設計・開発が自社で可能となり、一貫生産・提供できる体制が整えられた。これにより、製品のポートフォリオを強化でき、お客様からの要求にスピーディに対応できるだけでなく、デバイスを内製してモジュール化すれば、技術のトレンドも掌握できる。今回の買収のメリットは大きい。

自らの技術を否定する発想、
チューナブルフィルタの革新

2007年頃に、10年後の通信を考えて、どのような技術が必要であるかを技術者リーダとともに社内で検討した。これから携帯端末で扱うデータトラフィックが増加することで、チャンネル数が不足し使用する周波数帯域が多くなると、フィルタの数が増える一方で、小型化していく携帯端末内のデバイスが搭載できるスペースが限界に達する。搭載デバイスが増えて端末コストが高くなると、市場自体が縮小しかねない。また、コグニティブ無線について学会などで発表もあったこともあり、自らが保有している技術の代替技術、否定技術を考えてみようということになった。

そこで出てきたのがフィルタをチューニングして、一定の範囲をカバーしてしまおうという方向性だ。このチューナブルフィルタの考え方は、従来は特定の周波数ごとにフィルタが必要であったが、それを一つのフィルタで通したい範囲だけをチューニングして設定しようというもの。これができると必要な部品点数が少なくなり、コストも減らせて、搭載スペースの問題も解決できる。ただ、部品点数が減ると、ムラタにとって売り上げの減少につながるという懸念もあった。それでも将来の可能性を考えた場合、チューナブルフィルタを検討しないという選択肢はなかった。

フィージビリティスタディ (実行可能性調査) を始め、どんな技術が使えるのか、どんな技術を作らないといけないのかを検討してきた。その結果、ようやく今年から第1弾の製品が量産化され、出荷されることになった。

便利になる技術の開発、
IoTを見据えた開発が進む

通信技術の将来を見据えた時、基本はユーザーが便利になればいい。有線より無線になれば便利になる。携帯電話がここまで普及したのはやはり便利だから。スマホになると通話だけではなく、データ通信によってPCのようにさまざまな情報を検索したり、閲覧したりできる。世の中に有線のものはまだまだたくさんあるが、それらが無線になればユーザーは非常に便利になる。

通信自体の市場性、無線の広がりはまだまだ緒に就いたばかりだと思う。ムラタはその市場に向けて、デバイスやモジュールを提供する。すでにキーデバイスといわれるものはほとんど揃ったので、無線である限りは万全に対応できる。今後も、技術をしっかりと磨き、お客様からどういう要求が出てきても対応できるような体制づくりを進めていく。

方向性としては、やはり特性を良くしてサイズを小さくすることだ。IoTを想定すると、低コスト化は必然。デバイスを小さくして特性を良くすると、良品率が上がり低コスト化が図れる。つまり、要求されるニーズに対して余裕のある技術を持っていると良品率が上がり、おのずと低コストとなるわけだ。デバイスのサイズ、特性の向上と低コストは三位一体といえる。5年後、10年後であっても、技術の方針は変わらない。

利根川 謙

基本は暮らしが便利になること
有線が無線になれば便利になる
無線に関するデバイスとモジュールはすべて提供できる体制が整っている