論文紹介

エピタキシャルAl電極を用いた高耐電力SAWデバイスの開発

中川原 修
[2010年米国セラミック学会フルラス賞受賞]

弾性表面波 (Surface Acoustic Wave: SAW) デバイスは小型化可能なメリットを活かし、周波数フィルタとして広くモバイル機器に搭載されている。
最近では、通信機器の重要な受動部品であるデュプレクサ (受信と送信の2役を担うアンテナ分波器) へSAWデバイスの使用が検討されてきたが、大電力が加わる送信側フィルタでの信頼性 (耐電力性) 向上が重要な技術的課題であった。

特にGHz帯の高周波帯では、電極として0.5µmレベルの微細配線が必要で、電力印加による断線が発生しやすい。このようなSAWデバイスの実用上の障壁に対して、電極材料であるAlを原子レベルで規則的に配列させた"エピタキシャル膜"とすることで配線強度を高め、耐電力性を飛躍的に向上させることに成功した。耐電力性の指標となる寿命試験で、エピタキシャル膜を電極としたSAWデバイスは、従来の多結晶電極に比べて約100万倍 (耐久年数: 280年相当) の驚異的な耐電力性を示し、W-CDMA用SAWデュプレクサとして世界初の商品化を実現した。

本技術は汎用性が非常に高く、現在は第3世代通信規格 (UMTS) の複数の周波数帯の国内外のSAWデュプレクサに幅広く応用され、世界の通信市場で使用されている。本技術は、携帯電話を中心とする通信機器の小型・低背化に関して産業上の貢献が大きく、かつ結晶学的な見地から新規な結晶成長様式を見出したことによる学術的な価値も高いと評価され、米国セラミック学会 Richard M. Fulrath Award (フルラス賞) を受賞した。

フルラス賞は、日米間におけるセラミックス工業分野の技術交流に多大な貢献のあった故リチャード・M・フルラス教授の功績を記念して1978年に創設された賞で、セラミックスの科学・技術の発展に重要な貢献をしたと認められた業績に対して授与される。2010年は日米より5名が受賞し、2010年10月に米国テキサス州ヒューストンのジョージ・ブラウン・コンベンションセンターで受賞講演および授賞式が行われた。以下に本技術の内容を紹介する。

一般にSAW励振用電極膜としては、低抵抗かつ低比重であるAlが用いられる。しかし、AlはSAWの伝搬により繰り返し応力が印加されることによってストレスマイグレーション*1を起こしやすく、耐電力性に乏しいという欠点がある。SAWの電極幅は動作周波数に反比例するため、デバイスの高周波化にともなう微細配線化によりストレスマイグレーションの問題はより顕著になってきている。

ストレスマイグレーションは、Al原子が主に粒界に沿って拡散することが原因である。バルクにおいて、粒界のない単結晶と粒界の多く存在する多結晶では、Alの自己拡散の活性化エネルギーはそれぞれ135.1、67.55 kJ/molであり、単結晶内のAl原子は多結晶と比較して拡散に多くのエネルギーを必要とする (拡散しにくい) ことがわかる。例えば100℃においてAl原子が100nm自己拡散するのに要する時間を見積もると、単結晶では粒界の多く存在する多結晶の場合の109倍となり、極めて原子の移動が遅い。したがって、電極を結晶中の粒界が極めて少ないエピタキシャル*2膜とすることで、耐ストレスマイグレーション性を向上させることが可能であると考えた。

エピタキシャル化の方策として、SAW伝搬特性に優れたθ回転YカットX伝搬 LiNbO3 (以後、θ回転Y-X LNと略記) 基板を用い、Alと基板との格子不整合を緩和するバッファとしてTiを中間層とした。図1にθ=64゜のLN基板上に真空蒸着したAl単層膜、およびAl/Ti膜のAl (200) 入射X線回折 (XRD) 極点図*3測定結果を比較した。図1 (a) はリング状の回折パターンを示しており、Al単層膜は基板法線方向に最密面である(111)が成長し、かつ (111) 面内はランダムの多結晶膜となった。

一方、図1 (b) では明瞭な6回対称スポットが検出されていることから、基板法線方向のみならず、 (111) 面内にも規則性をもつ3軸配向エピタキシャルAl膜を得ることができた。Alは結晶学的に面心立方構造 (fcc) に属し、単結晶Alに対する (200) 極点図の回折は3回対称スポットとなるため、図1 (b) のエピタキシャル膜には2つの単結晶ドメインが存在する。対称中心が共通であることから、Al[111]軸の成長方向が同じで、面内で180°回転したダブルドメイン構造であることが推察される。

Fig. 1

図1

さらに、注目すべきは6回対称スポットの対称中心、すなわちAl[111]方位が約26゜偏心していることである。θ回転Y-X LN基板のZ軸と基板法線のなす角は90°-θであるから、エピタキシャル面をLN基板のZ面としてAl (111) 面が成長する、特異な結晶成長の形態であると解釈することができる。64°LN上のエピタキシャルAl方位関係を模式的に示した図2を見ると、Al[111]方向とLN基板のZ軸が一致していることがわかる。さらに、θ=70°、および90° (Zカット) と、カット角の異なるLN基板上にAl/Ti膜を成膜した。その結果、図3 (a) 、 (b) のように偏心角はそれぞれ20°、0°となり、上述のAl (111) //LN (001) の関係を満たした。

Fig. 2

図2

Fig. 3

図3

図4はAl/Ti/64゜LN断面の透過電子顕微鏡 (TEM) 像である。LN、Ti、Alの明瞭な格子像が確認できる。また、Al/Ti、およびTi/LN界面にはアモルファス層のような界面層は見られず、連続的に成長したエピタキシャル膜となっている。Al膜の入射 (観察) 方位は[-1-12]であり、これから算出したAl[111]方位は図中に見られる格子縞の方位とほぼ一致する。またTi、LN基板の格子縞の間隔から、Al (111) 面と平行な面はTi (001) 面、LN (001) 面であることがわかった。さらに、膜と基板界面に対するTi (001) 面およびAl (111) 面のなす角度は25~26゜であったことから、LNのZ面に対するエピタキシャル成長であることが視覚的にも確認できた。このような方位関係が成り立つ理由を以下に述べる。

Fig. 4

図4: 透過電子顕微鏡 (TEM) 像

LNのZ面に対するAl (111) 面、およびTi (001) 面の結晶格子の整合性を考える。図5に各面の格子配列と原子間隔を示す。LNのZ面、六方最密構造*4をもつTi (001) 面、面心立方構造*4をもつAl (111) 面はそれぞれ最密構造をとっており、図のように似た原子配列をとる。さらに原子間距離を比較すると、TiはLN基板とAlの中間的な値をとるため、LNとAlの不整合を緩和する。このような格子整合性にTiの反応活性な物性が加わり、酸化物単結晶基板上での金属膜のエピタキシャル成長が可能になったと考えられる。

Fig. 5

図5: 各面の格子配列と原子間隔

次に、64°LN上に形成したエピタキシャルAl膜を用いて、SAWデュプレクサを作製し、耐電力性を評価した。送信、受信側いずれもラダー型フィルタである。図6は評価システムのスキームである。評価には入力電力とチップ温度による加速試験を採用した。また電力投入ポイントは85℃雰囲気において挿入損失が2.5dBとなる高周波側の周波数とした。図7は耐電力評価結果である。破壊時間は、温度加速係数を用いて実測値から換算した値をプロットした。また、比較として従来構造である多結晶Al電極の耐電力性をあわせて示した。従来電極に対し、3軸配向エピタキシャル電極は100万倍 (耐久年数: 280年相当) の破壊時間を示しており、その値は十分実用化可能なレベルであることがわかった。

本技術をもとに、第3世代の規格であるW-CDMA方式のSAWデュプレクサを2004年に世界で初めて商品化した。さらに、本論文に記載したLNと同様SAWで汎用的に用いられ、温度特性に優れるLiTaO3基板上でもエピタキシャル電極の開発に成功した。現在では、第3世代の通信規格 (UMTS) の2GHz、1.7GHz、800MHz帯の国内外のSAWデュプレクサに幅広く応用され、300万個以上/月で生産販売を続けている。 (累積1億個以上)

Fig. 6

図6: 評価システム

Fig. 7

図7: 耐電力評価結果

今回得られたエピタキシャルAlには図4の視野内に結晶粒界は見られず、粒界はダブルドメイン形成にともなう粒の境界にわずかに存在すると推測される。エピタキシャル化による結晶粒界の劇的な減少が系の活性化エネルギーを増大させ、飛躍的な高耐電力化につながったと考えられる。フルラス賞では、本技術の高い実用性と、独自の結晶成長様式を見出した学術的価値の両面より高い評価を賜った。

用語解説

*1 ストレスマイグレーション:

LSIのAl配線に生ずるエレクトロマイグレーションと類似の現象で、弾性表面波の伝搬による圧電基板の内部応力によりAl原子が移動し、ヒロックやボイドなどを生じる現象。

*2 エピタキシャル:

結晶が、下地となる基板と一定の方位関係を保ちながら成長すること。薄膜では多くの場合極めて原子配列のそろった高配向膜となる。

*3 XRD極点図:

結晶の面内配向情報を得るX線回折法。図のようにX線と検出器の位置 (θ-2θ) をある結晶面に固定する。本文中"Al (200) 入射"は、Al (200) の反射面にθ、2θを合わせているという意味。結晶面の傾きψを変化させながら、その都度φ=0~360°と回転させる。この一連のスキャンを球面投影したものが極点図である。

X-Ray Diffraction (XRD) Pole Figure

*4 面心立方構造/六方最密構造:

原子が最も密に詰め込まれる最密充填構造のうち、立方晶系に属するものが面心立方構造 (fcc) であり、六方晶系に属するものが六方最密構造 (hcp) である。面心立方構造の (111) 面、六方最密構造の (001) 面はともに最密充填面となっている (図にはAl (111) とTi (001) を示した) 。

Face-Centered Cubic (fcc) Structure, Hexagonal Close-Packed (hcp) Structure

原論文

  1. "Epitaxially grown aluminum films with titanium intermediate layer on θ rotated Y-X LiNbO3 piezoelectric single crystal substrates." J. Crystal Growth 249 (2003) 497-501.
  2. "High power durable SAW antenna duplexers for W-CDMA with epitaxially grown aluminum electrodes." 2002 IEEE Ultrasonics Symposium Proc. (2002) 43-46.
  3. "High Power Durable SAW Filter with Epitaxial Aluminum Electrodes on 38.5°rotated Y-X LiTaO3 by Two-step Process Sequence in Titanium Intermediate Layer." 2003 IEEE Ultrasonics Symposium Proc. (2003) P2L-2.