論文紹介

小型大容量およびパワーエレクトロニクス向け積層セラミックコンデンサ用誘電体材料の開発

中村 友幸、矢尾 剛之、池田 潤、佐野 晴信

原論文

  1. T. Nakamura, Takayuki Yao, Jun Ikeda, Noriyuki Kubodera, Hiroshi Takagi IOP Conf. Series: Materials Science and Engineering 18 (2011)
  2. T. Nakamura, H. Sano, T. Konoike, K. Tomono: Key Engineering Materials (Volumes 169-170) Electroceramics in JapanII (1999) pp.19-22
  3. T. Nakamura, H. Sano, T. Konoike and K. Tomono: Japanese Journal of Applied Physics vol.38 (1999) pp.5457-5460 Part1 No.9B September 1999

本論文は、日本セラミックス協会の技術奨励賞受賞に関し、関連する業績をレビューしたものであり、内容的には数年前の成果も含まれている。
ここではこの研究に携わった代表的メンバーの名を著者として掲げる。

抵抗、コンデンサ、インダクタなどの受動部品は、最先端の半導体デバイスにとって欠かせない部品となっている。中でも積層セラミックコンデンサ (MLCC: Multi-Layer ceramic capacitor) は極めて重要な部品であり、このコンデンサがなければ、半導体デバイスの正常な動作は期待できない。MLCCは、半導体デバイスに必要な電力供給 のサポートや、誤動作や性能劣化の原因となるノイズの除去といった重要な役割を担っている。今回は、小型大容量化用途とパワーエレクトロニクス用途のMLCCに関して、その具現化のためのセラミック材料設計について述べる。

小型大容量化用途

MLCCの大きなトレンドである小型大容量化に関しては、誘電体素子の薄層化が進められている。現在では、1µmを下回る誘電体素子が数百層積層された商品が量産化されている。薄層化における大きな課題は絶縁性の維持であり、特に高温、高電界下での長時間の絶縁性の保持 (以下、信頼性) が必要である。

図1に、MLCCの模式図と磁器構造の各部位の説明図を示した。高い信頼性の実現には、磁器構造各部位の信頼性への寄与、役割の把握が重要であり、これによって、強い部位のさらなる強化、あるいは弱い部位の改善が可能となる。

Fig. 1 MLCC Schematic Diagram and Explanatory Diagram of the Parts of the Ceramic Structure

図1: MLCCの模式図と磁器構造の各部位の説明

図2は、素子あたりの粒子個数を変えることで素子あたりの粒界個数を変化させたサンプルの信頼性比較を示している。ここで言う粒界個数とは、素子厚み方向における数である。粒界個数の多いサンプルは絶縁抵抗が低下するまでの時間が長く、高信頼性であることがわかる。このように、粒界の信頼性への寄与は非常に高く、十分な信頼性を得るには、素子あたりの粒界数の確保が重要である。つまり、誘電体素子の薄層化に対応するには、主成分原料であるBaTiO3の粒子径を小さくしていく必要がある。

しかしながら、BaTiO3は粒子径を小さくしていくと、比誘電率が低下してしまい、所望の静電容量が得られない。一方で、BaTiO3粒内の信頼性を調べるため、作製プロセスを工夫して、粒子が誘電体素子の厚み方向において、一つしかないサンプルを作製した。この素子厚み方向に粒界を有さないサンプルは極めて信頼性が低いことが確認できた。そこで、粒界だけに頼らずに、さらに信頼性を向上させるには、粒内の改質が有効であると考えた。

実際に、図3に示したように、BaTiO3のBaの一部をCaで置換した (Ba,Ca) TiO3を主成分原料に採用することで、信頼性の大幅な向上を達成した。粒内の改質効果を確認するため、上述と同様に、素子の厚み方向に粒界を有さない (Ba,Ca) TiO3サンプルを作製して評価したところ、信頼性の向上を確認できた。すなわち、狙い通り、粒内改質によって信頼性が向上したといえる。なお、Ca置換による信頼性の向上は、Ca置換量を変更した各種サンプルの格子定数の変化と絶縁劣化にいたる活性化エネルギーの変化から、Ca置換による格子の収縮によって、故障の原因である酸素空孔の移動が抑制されるためと推測した。

このような知見のもと、誘電体素子の薄層化に対応した高信頼性の材料の開発を成し遂げた。

Fig. 2 Change in IR (Insulation Resistance) Over Time Under High Temperatures and High Electric Fields for MLCCs with Different Numbers of Grain Boundaries

図2: 粒界数の異なるMLCCの高温高電界下でのIR (絶縁抵抗) の経時変化
粒界数: a) 5.4 b) 6.6 c) 7.6 d) 8.1
試験条件: 150℃,10kV/mm
Composition: BaTiO3 -Dy2O3-MgO -MnO -SiO2

Fig. 3 Change in IR (Insulation Resistance) Over Time Under High Temperature and High Electric Field Conditions for (Ba,Ca) TiO3-Based Material and BaTiO3-Based Material

図3: (Ba,Ca) TiO3系材とBaTiO3系材の高温高電界下でのIR (絶縁抵抗) の経時変化
試験条件: 150℃, 20kV/mm
Composition: (Ba1-xCax) TiO3 -Dy2O3-MnO -SiO2

パワーエレクトロニクス用途

モーター駆動に向けたインバータなどの用途において、コンデンサに求められる性能は、直流電圧 (DCバイアス) 印加時の実効的な静電容量を確保することと、大きな許容リップル電流を実現することである。しかし、BaTiO3を使うMLCCでは、この二つの要求に対してバランス良く応えることが難しい。この用途においてはSrTiO3が用いられてきたが、コストダウンを目的とした内部電極のPdからNiへの変更に伴い、その使用は難しくなった。

Niは空気中焼成では容易に酸化してしまい金属として作用しないため、低酸素分圧下で焼成する必要がある。しかしながら、この条件下では、SrTiO3は半導体化してしまう。このような背景のもと、低酸素分圧下でも焼成可能なBaTiO3系において、図4に示した材料設計コンセプトを考えた。すなわち、希土類元素や他の添加成分を多量に添加することで (従来: 1、2at%添加、今回: 20at%程度まで) 、BaTiO3本来のキュリー点を低温側にシフトさせ、室温では損失が小さく、比誘電率の小さい常誘電相を利用する。これにより、DCバイアス印加時の実効的な静電容量の確保と大きな許容リップル電流を実現できるはずと考えた。このコンセプトの実現のため、元素種の影響を調査し、BaTiO3の低損失化にはGdが優れていることを見いだした。

Fig. 4 Design Concept of Dielectric Materials Suitable for Power Electronics Applications: Description based on temperature dependence of dielectric constant

図4: パワーエレクトロニクス用途に適切な誘電体材料の設計コンセプト~比誘電率の温度依存性をもとにして説明~
Composition: BaTiO3 -希土類酸化物-MgO -MnO -Li/Al/Ti/Si/Oガラス

Gdは、同じ希土類元素のDyやYなどに比べ、BaTiO3に容易に固溶し、キュリー点を低温側にシフトさせた。これはイオン半径の差によるものと考えた。また、本材料系は信頼性向上に効果的な希土類元素を多量に含んでいるため、非常に信頼性の高い磁器となっており、高温、高電圧下にさらされる用途に適している。

BaTiO3へのGd多量添加系において、MLCCとして課題であった比誘電率の温度特性の改善について検討し、BaZrO3の添加効果を見いだした。BaZrO3を添加することでGdのBaTiO3への固溶が均一でなくなり、BaTiO3強誘電相領域が残存することで温度特性が改善されることを明らかにした。

これらにより、表1のような基礎特性を示す材料が得られた。比誘電率は、従来用いられてきたSrTiO3系材 (X7R-B) に近く、比誘電率の温度依存性も従来材と同等である。

Dielectric Ceramics BTL X7R-A X7R-B
Dielectric Constant 300 2800 200
Fired Grain Size (µm) 0.7 0.4 1.0
Capacitance (nF) 10 10 10
DF (%) 0.20 1.50 0.02
log IR (Ω) 11.0 11.0 11.5
TCC (EIA standard) X7R* X7R X7R
Internal Electrode Ni Ni Pd
Chip Size (mm) 4.5 x 3.2 x 2.0

表1: 各種材料の基礎特性比較

BTL : BaTiO3-Based Low-loss Dielectrics (開発材) 
X7R-A : Conventional BaTiO3-Based X7R Dielectrics
X7R-B : SrTiO3-Based Dielectrics
*EIA's X7R specification, which demands that the dielectric constant should not change
by more than +15% or -15% from the 25℃value over the temperature range -55℃ to 125℃

この材料は、図5のように、高周波、高電圧下における損失において、BaTiO3系材 (X7R-A) よりも優れ、SrTiO3系材と同等の特性となっている。

Fig. 5 Comparison of Loss Characteristics of Various Materials (Capacitance: 10nF)

図5: 各種材料の損失特性の比較 (静電容量10nF) 
a) BTL (開発材) とX7R-Aの比較 AC: 20kHz
b) BTLとX7R-Bの比較 AC: 300kHz

このように、材料設計コンセプトの具現化により、パワーエレクトロニクス用途に適した材料の開発を成し遂げた。

今後に向けて

BaTiO3をベース材料として、その磁器構造の理解や、組成面に着目した特性改良に努めてきた。今後、これまで以上に高い市場要求に応えていくには、さらなる工夫が必要となってくる。特に組成面だけでなく、プロセス面での革新が必要となってくるであろう。加えて、現象のさらなる理解には、より高度な分析、解析技術やシミュレーション技術が必要になってくる。これらの技術の積み重ねにより、より高性能の積層セラミックコンデンサが開発されていくことが期待されている。