論文紹介

ニッケル内部電極積層無鉛圧電セラミックスの研究

川田 慎一郎、林 裕之、石井 秀樹、奥澤 匡、木村 雅彦、大宮 季武

原論文

S. Kawada, M. Kimura, Y. Higuchi, and H. Takagi: Appl. Phys. Exp. 2 pp.111401 (2009)

" (K,Na) NbO3-Based Multilayer Piezoelectric Ceramics with Nickel Inner Electrodes".

圧電アクチュエータ等の圧電部品は小型・低背、電磁ノイズレスなどさまざまな利点があり、カメラのオートフォーカスアクチュエータ等に応用が進んでいる。現在のところ、実用的な圧電材料としては鉛系材料しかなく、圧電部品には鉛系材料が広く使用されている。圧電部品に含まれる鉛はRoHS指令等の環境規制の適用除外項目になっているが、将来的には無鉛化できることが望ましい。また、鉛系圧電材料はNiと共焼結できないため、現状では積層する場合、高価なAg/Pd (パラジウム) を内部電極に使用している。一方、無鉛圧電材料なら安価なNiを使用できる可能性がある。今回、Ni内部電極積層無鉛圧電セラミックスを得ることに成功したので紹介する。

積層圧電セラミックスの無鉛化

圧電部品の中でも、今後の広範な発展が期待される圧電アクチュエータの無鉛化は重要な課題のひとつである。特に最近は、低電圧駆動の要求から積層構造の圧電アクチュエータが主流になってきているため、無鉛化の際には積層化も考慮する必要がある。無鉛化にあたって、われわれは、無鉛圧電材料の特徴を生かし、性能・コスト面でも従来の鉛系圧電材料を使用した圧電部品に劣らない魅力を有した圧電部品を実現する必要があると考えている。

圧電アクチュエータでは大変位、高信頼性を低価格で実現することが重要である。通常、大変位を実現するには、材料の圧電d定数を向上させる必要があるが、無鉛圧電材料は、キュリー点TCが同程度の鉛系圧電材料と比較して、圧電d定数が一般に小さい。しかしながら、積層構造を採用し、一層厚みを薄くして積層数を増加できれば、圧電d定数が低くとも、同じ電圧で従来と同等以上の変位量を実現することが原理的に可能である。

但し、従来の鉛系圧電材料と同様に高価なAg/Pd内部電極を使用すると、積層数の増加に伴い素子のコストが大幅に上昇してしまう。積層数増加時のコストの上昇を抑えるにはNi等の卑金属電極との共焼結が有効である。従来の鉛系圧電材料は、Niが酸化しない還元雰囲気で焼成するとセラミックス中の酸化鉛が金属化するため、高価なAg/Pd電極を使用していた。

一方、無鉛圧電材料なら、安価なNiと共焼結できる可能性がある。無鉛化によりNiを内部電極に使用できるようになれば、Ag/Pd内部電極に比べて内部電極コストを抑えることができるため、積層数が増加しても積層素子全体のコストを従来の鉛系積層圧電セラミックスと同等以下にできる可能性がある。さらに、Ag/Pd内部電極では薄層化時に内部電極中のAgのマイグレーションが問題となり、信頼性の低下を招く恐れがあったが、NiはAgに比べてマイグレーションしにくいため、従来より薄層化しても高信頼性を確保できる可能性がある。

以上のことから、無鉛化によって内部電極にNi電極を使用できるようになれば、薄層化と組み合わせることで、無鉛圧電セラミックスでも従来の鉛系積層圧電セラミックスと同等以上の大変位、低コスト、高信頼性を実現できる可能性がある。

無鉛圧電セラミックス組成の検討

現在、Niは積層セラミックコンデンサの内部電極に使用されている。積層セラミックコンデンサでは、BaTiO3を主成分とするセラミックスの組成変成により、還元雰囲気下での焼結を可能とし、Ni内部電極との共焼結を実現している。積層セラミックコンデンサの母組成であるBaTiO3も圧電性を有するが、圧電アクチュエータに使用するにはキュリー温度が130℃と低い。圧電アクチュエータに使用するには、200℃以上のキュリー温度が好ましい。圧電アクチュエータに適した200℃以上のキュリー温度を有する無鉛圧電セラミックスとしては、 (K,Na) NbO3系強誘電体セラミックス、 (Bi1/2Na1/2) TiO3系強誘電体セラミックス、タングステンブロンズ構造強誘電体セラミックス、ビスマス層状構造強誘電体セラミックスなどさまざまな組成系が知られているが、Biを主成分に含む組成は、還元雰囲気焼成でBi2O3が金属Biになるため、Niと原理的に共焼結が困難である。そこで今回は、Biを含まず、無鉛圧電材料としては比較的良好な圧電特性が得られる (K0.5Na0.5) NbO3-CaTiO3系圧電材料を選択した。

Niと共焼結するには、少なくともNiが酸化しない還元雰囲気で焼結し、圧電特性が得られる必要がある。したがって、まずは内部電極を含まない単板形状で還元雰囲気焼成を行い、良好な圧電特性が得られる組成の調査を行った。焼結助剤としてMnCO3を5mol%添加した以下の3組成で、還元雰囲気焼成を行った。

  • 0.96 (K0.5Na0.5) NbO3-0.04CaTiO3+0.05mol MnCO3 (KNN-CT)
  • 0.96 (K0.5Na0.5) NbO3-0.04CaZrO3+0.05mol MnCO3 (KNN-CZ-1)
  • 0.96 (K0.5Na0.5) NbO3-0.04CaZrO3+0.03molZrO2+0.05mol MnCO3 (KNN-CZ-2)

得られた焼結体の焼結体密度と絶縁抵抗率を表1にまとめる。

焼結体密度
kg/m³
絶縁抵抗率
Ω・m
KNN-CT 4.5×103 (98%) 7.7×104
KNN-CZ-1 4.0×103 (87%) 1.6×106
KNN-CZ-2 4.5×103 (98%) 6.3×108

※ ( ) 内は相対密度

表1: 還元雰囲気焼成単板の焼結体密度と絶縁抵抗率

KNN-CTを還元雰囲気で焼成したところ、焼結体密度が相対密度で98%になる緻密な焼結体が得られたが、絶縁抵抗率が7.7×104Ω・mと低く、分極できなかった。焼結体密度が十分高いにも関わらず絶縁抵抗率が低くなった理由として、還元雰囲気焼成によりTiの価数が変化し、電荷バランスが崩れた可能性がある。

そこで、価数変動のあるTiを価数変動のないZrで代替したKNN-CZ-1を還元雰囲気で焼成したところ、絶縁抵抗率は1.6×106Ω・mになり、KNN-CTより高くなったが、まだ分極可能なレベルではなかった。この理由として、KNN-CZ-1では焼結体密度が相対密度で87%しかなく、焼結不足で絶縁抵抗率が低くなったと考えた。KNN-CZ-1の焼結密度を向上させるため、種々の添加物を検討した結果、1molのKNN-CZ-1にZrO2を0.03mol添加したKNN-CZ-2の組成にて、焼結体密度が相対密度で98%まで向上し、絶縁抵抗率も6.3×108Ω・mと、分極可能な程度に向上した。KNN-CZ-2の圧電特性を表2にまとめる。

比誘電率ε33T/ε0 電気機械結合係数kp/% 圧電定数d33/pC/N キュリー温度TC/℃
KNN-CZ-2 1180 31.8 160 260

表2: KNN-CZ-2 単板の圧電特性 (還元雰囲気焼成)

以上のように、KNN-CZ-2の組成で、還元雰囲気でも焼結可能で、かつ、良好な圧電特性を示す圧電セラミックスを得ることができた。そこで、実際にKNN-CZ-2を用い、還元雰囲気焼成によりNi内部電極積層圧電セラミックスを試作し、積層体の圧電特性を評価した。

Ni積層 (K,Na) NbO3系セラミックスの試作・評価

還元雰囲気で焼結可能なKNN-CZ-2を用い、Ni内部電極積層KNN-CZ-2セラミックスを試作した。得られたNi内部電極積層KNN-CZ-2セラミックスの焼結体表面のSEM像を図1に、断面のSEM像を図2に示す。図1より、異常粒成長のない、平均粒径0.7µmの微細なグレインを持つセラミックスが得られていることがわかる。さらに図2より、ポアのない緻密なセラミックスが得られていることがわかる。

Fig. 1 SEM Image of Sintered Body Surface of Multilayer KNN-CZ-2 Ceramics with Ni Inner Electrodes

図1: Ni内部電極積層KNN-CZ-2セラミックス焼結体表面のSEM像

Fig. 2 SEM Image of Sintered Body Cross-Section of Multilayer KNN-CZ-2 Ceramics with Ni Inner Electrodes

図2: Ni内部電極積層KNN-CZ-2セラミックス焼結体断面のSEM像

次に、80℃の油中で3.0kV/mmの電界を0.5h印加し、分極処理を行った。分極したNi内部電極積層KNN-CZ-2セラミックスに電界を印加し、電界印加時の厚み方向の変位を変位計 (MahrMillitron 1202D) で測定し、得られた最大歪みSmaxをそのときの最大印加電界Emaxで除して、歪み特性Smax/Emaxを求めた。Ni内部電極積層KNN-CZ-2セラミックスの電界-歪み曲線を図3に、歪み特性 Smax/Emaxの印加電界依存性を図4に示す。歪み特性Smax/Emaxは2 kV/mmの電界印加時に最大値360pm/Vを示し、1~3kV/mmの範囲で、ほぼ一定であった。高電界印加時の歪みは、現行のAg/Pd内部電極積層鉛系セラミックスの約1/3程度であった。

Fig. 3 Electric Field-Strain Curve of Multilayer KNN-CZ-2 Ceramics with Ni Inner Electrodes

図3: Ni内部電極積層KNN-CZ-2セラミックスの電界-歪み曲線

Fig. 4 Electric-Field Dependence of Strain Characteristic of Multilayer KNN-CZ-2 Ceramics with Ni Inner Electrodes

図4: Ni内部電極積層KNN-CZ-2セラミックスの歪み特性の印加電界依存性

まとめと今後の課題

0.96 (K0.5Na0.5) NbO3-0.04CaZrO3に、MnCO3を0.05mol添加し、ZrO2を0.03mol添加することで、還元雰囲気焼成でも良好な圧電特性が得られることを明らかにした。同組成を用い、Ni内部電極と共焼結を行い、Ni内部電極積層無鉛圧電セラミックスを試作した。得られたNi内部電極積層無鉛圧電セラミックスの歪み特性Smax/Emaxは、2kV/mmの電界印加時に360pm/Vであり、現行のAg/Pd内部電極積層鉛系セラミックスの約1/3程度であった。よって、一層厚みを現行のAg/Pd内部電極積層鉛系セラミックスの1/3にできれば、Ni内部電極積層無鉛圧電セラミックスでも鉛系セラミックス使用時と同等の変位量を実現できる可能性がある。

薄層化により、Ni内部電極積層無鉛圧電セラミックスでも同等の変位量を達成できる可能性があるが、まだ調査できていない課題も多い。まず、変位特性を満足するために薄層化した場合、薄層化・積層数の増加に伴う容量の増加により、素子駆動時の電流が増加し、問題となる可能性がある。この点については、変位特性と駆動時の電流のいずれも要求特性を満足するような設計、駆動方法の検討が必要となる。また、信頼性、機械的強度についても、まだ十分に調べられていないため、今後、薄層化と同時にこれらの課題の洗い出しを進めていく。