研究者の横顔

Big Challenge, Big Expectation, an Innovative and An Environmentally-Conscious Research to Adhere Air Pollutant, NOx, to Generate Ammonia

伊東 正浩 氏/Masahiro Itoh
大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 機能物質化学コース 先端材料化学領域 博士 (工学) /助教

1998年3月 北海道大学 大学院理学研究科 化学専攻博士前期課程修了
2001年3月 大阪大学 大学院工学研究科 物質化学専攻博士後期課程修了
2001年3月 博士 (工学) (大阪大学) 
2001年4月 大阪大学 先端科学技術共同研究センター 助手
2007年4月 大阪大学 先端科学イノベーションセンター 助教
2011年4月 大阪大学 大学院工学研究科 応用化学専攻 助教

人類が内燃機関を生み出して150年余り。内燃機関から出る排気ガスには、必ず窒素酸化物 (NOx) が含まれる。伊東正浩氏は、NOxと水素を化合すればアンモニアができることに着目。水素透過膜と空気中の環境汚染物質であるNOxを吸着する材料を併用することで、アンモニアを生み出す―有害なものを無害にするだけでなく、有用な化学物質に変えるという研究に取り組む。実用化すれば、日本のアンモニア生産の4分の1が賄えるという。まだフェーズ1段階の研究だが、期待が膨らむ。

「水素透過膜」技術を活用し、有害なものを無害にしていく NOxを効率的に還元するプロセス

水素は単体では自然界にほとんど存在せず、化石燃料や再生可能エネルギーから製造する必要がある。水素は燃焼すると熱を出して水になり、大気汚染の問題が起こらない。燃料電池で発電すれば高い発電効率が期待できることから、自動車産業などから、クリーンなエネルギー源として注目を集めている。

その水素の生成純度を上げるために使う「水素透過膜」という技術がある。金属の中に、水素はある程度溶け込む。その現象を利用して水素を生成、高純度にする技術だ。金属中の水素は、原子状態なので非常に活性が良く、反応性が高い。水素透過膜は、高速で、選択的に水素のみを透過させ、金属に含まれた水素が原子状で存在することから、これら高反応性の原子状水素を触媒に利用することも可能となる。そういう状態にある水素を使って、有害なものを無害なものにするための研究を重ねているのが、大阪大学大学院の伊東正浩助教である。

空気中に漂う有害物質といえば「窒素酸化物」がある。いわゆるNOx (ノックス) で、物が燃えるときに空気中の酸素と窒素が化合してできる。主に石油や石炭の燃焼に伴って発生し、工場 (プラント) 、自動車などから排出される。NOxには、一酸化窒素 (NO) と二酸化窒素 (NO2) がある。どちらも酸性雨や光化学スモッグ等の環境破壊の原因となり、人の健康に影響を与える危険性があるため、効率的に還元するプロセスの研究が求められている。

窒素と水素を化合させ、アンモニアを作る 触媒をハイブリッドするアイデア

NOxに含まれる窒素 (N2) と、水素 (H2) を化合させるとアンモニア (NH3) ができる。アンモニアの生成法としては、「ハーバー・ボッシュ法」がよく知られている。体積比で1対3の窒素と水素の混合気体を加圧し、鉄を主体とした触媒上で、400~500℃で直接反応させて生成する (N2+3H2→2NH3) 。窒素を含む化合物を生産する際の基本となる工程で、化学工業にとって極めて重要な手法といわれている。

伊東助教は、窒素と水素を化合させてアンモニアを作る過程で、水素透過膜を利用するだけではなく、鉄に代わるルテニウム系触媒をハイブリッド化するというアイデアを思いつく。水素透過膜より定常的に供給される原子状水素と触媒上に吸着させた窒素との反応により、通常は中~高圧かつ高温 (400~500℃) で合成されるアンモニアが、常圧かつ100℃程度の低温域においても生成することを見いだした。

NOx浄化触媒には白金 (プラチナ) を使う。「さまざまなものを試したが、銀だと酸化能が強すぎ、ロジウムでは水素反応が劣る。その兼ね合いがちょうど良いのが白金。最近では鉄と合金化するなど、使用量を減らせる技術も出てきている」と、伊東助教は状況を語る。

アンモニアは肥料の原料となるため、工業的に極めて重要な物質。ハーバー・ボッシュ法を編み出したドイツでは、小麦の育成に窒素を含む肥料の供給が不可欠だとされ、アンモニアが多用されるようになった。全世界のアンモニアの生産量はおよそ1.6億トンで、日本国内の生産量は約140万トン。そのうち8割が肥料用であるといわれている。

伊東助教は、「収集可能と考えられる発生源からのNOxが、約90万トン排出されており、NOxをNO2としてNH3に換算すると約33万トンとなる。国内のアンモニア需要量が140万トンであることに照らし合わせると、研究が実用化されれば4分の1が代替できる計算となる。化学工業的な波及効果も大きいものと期待される」という。

環境汚染物質を有用な化学物質に変換 プラントや船舶への応用に期待

NOxの大きな排出源としてディーゼル機関があげられる。排気ガス温度の低いディーゼル車には、低温で動作可能な水素による還元が有望とされている。伊東助教も、排ガスを模した1,000ppm程度のNOx濃度で研究を行った。そして、日本の自動車メーカーが得意とする排ガス浄化技術のひとつにならないかと考え、協力して研究した時期があった。しかし、システムが複雑になり、車載用としてはハードルが高い技術と見極め、研究を中断した。また、1,000ppmという低濃度では反応が鈍く、水素透過膜反応器の改良、もしくは触媒のほうからNOxを捕まえに行く仕組みづくりが必要だとわかった。現在では、大規模なプラントでの活用を視野に入れ、ディーゼルエンジンを搭載する大型船舶などへの応用も検討している。

Ph. D/Assistant Professor Masahiro Itoh

本研究の特長は、比較的反応性に優れたNOやNO2をアンモニア合成の窒素源として着目したところ。そして、内燃機関を利用する限り発生が不可避の環境汚染物質NOxを、原子状水素の供給可能な水素透過膜と、酸素吸着能を低減させたプラチナ系触媒とを組み合わせた反応器で、工業的にも有用な化学物質であるアンモニアに変換できることだ。

伊東助教はいう。「最終目標がフェーズ4とすれば、まだまだフェーズ1の段階。フェーズ2では、企業と協力し、さらに反応の過程を磨き、効率の良い反応器の試作を行う。フェーズ3では、試作機をスケールアップした状態でテストを重ね、最終的にはフェーズ4で実用化を目指したい」。NOxに着目した新しい概念の研究だけに、実用化までの道のりはまだ遠い。しかし、村田学術振興財団はユニークさに注目して研究助成を決めている。

水素透過膜反応器の概念

Ag-Pd (銀‐パラジウム) 水素透過膜を陰極に使用し、対極に白金 (Pt) の巻線を用いてリン酸水溶液の電気分解により陰極上に水素を発生させ、陰極であるAg-Pdの水素透過能を利用することで水素を膜の反対側へ供給する機構を用いる。この反応器では、水素透過量は電流を調整することにより制御可能となる。陰極の外側表面に塗布した触媒上に吸着したNOxと水素との反応によりアンモニアが合成される。

Concept of hydrogen permeable membrane reactor

アンモニアの生成工程

現行プロセスでは、鉄 (Fe) やルテニウム (Ru) というアンモニア (NH3) の合成触媒を使う。およそ400℃で、50気圧 (atm) 以上の圧力が必要となり、製造エネルギーが大きい。本提案 (研究) では、およそ100℃で、常圧でよく、製造エネルギーは極めて低い。NOxを利用することで有害物質を有用物質に変えられる。

Ammonia production process