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EMC研究の先駆者として、次にめざすはシミュレーションの進化 出すノイズと受けるノイズ、イミュニティへの対応が部品メーカーへの期待

櫻井 秋久氏/Akihisa Sakurai
日本アイ・ビー・エム株式会社 研究開発 ビジネス開発 スマーター・シティー領域 技術理事

長年、EMCの研究を行ってきました。ノイズは対策ではなく、設計からの削減が基本です。
物理シミュレーションから「数理シミュレーション」の世界へ、数理科学技術を活用することで、新たなEMC設計への脱皮が図れるのではないかと思っています。今後の注目は「イミュニティ」。
ノイズを受ける側に焦点をあてた取り組み、EMI、EMSを含めたEMCに対する考え方が、次のステージへと進んでいます。

多国籍企業からGIEへ IBMのDEとしてEMCを追求

かつてのIBMは多国籍企業で、新市場を求め海外に拠点を作り、日本にも米国にも、開発部門、工場がありました。今は「GIE (Globally Integrated Enterprise) 」というビジネスモデル。世界中のビジネス・パートナーとの連携により、高度なスキルやプロセスを獲得する一方、経営資源を一元管理し、グローバルレベルで最適化を図っています。

私の肩書も、日本語では「技術理事」ですが、英語ではDistinguished Engineer (DE) 。日本を含めグローバル市場での活動が期待されます。私はEMCでDEになったので、国際的にEMCがどうあるべきかという議論を常にしています。

EMCはElectromagnetic Compatibilityの略で、「電磁両立性」などと訳されます。電流が流れると生じるノイズを、出す方、受ける方、ともに防ぐ技術です。ノイズが発生してからの対策ではなく、設計段階から生じないようにするための研究を行ってきました。例えば、過去に手がけたノートパソコン「ThinkPad®」の設計では、電波を抑える設計とともに、電波を出す方のBluetooth®やWi-Fi®の設計も行っていました。EMCは、基本的には一つひとつを分けてみれば単純なのですが、回路や基板の構造が複雑になると対処が難しくなります。その解決策として、物理シミュレーションを用いています。

物理法則に基づいた EMCシミュレーション

EMCのシミュレーションは、マクスウェルの方程式など「物理法則」に則って行うもので、最近ではコンピュータの進化もあり、未知数100万レベルまで扱えるようになっています。IBMの場合、EMSURFという「モーメント法」をベースとした自社開発の解析エンジンを用いています。物理シミュレーションで未知数100万を実用時間で解析するというのは驚異的な数字です。しかし、クルマなどの世界では、対象とするシステムの規模が大きく未知数100万でも足りず、さらに3桁、4桁、未知数を増やす必要があります。このような対象を「有限要素法 (FEM) 」、「差分法 (FDTD) 」、あるいはモーメント法などを用いたシミュレーションをスーパーコンピュータを持ち込んで並列化する、といった方法で扱うデータを大きくすることは可能かもしれませんが、コストの観点から実用性がありません。個人的には、EMCを物理シミュレーションで規模の拡大を行うには新たな考えが必要となる、と考えています。

物理から数理シミュレーションへ 数理科学技術を活用しEMCの課題解決

今後は、EMCシミュレーションの概念に、「数理科学」技術を持ち込めれば、と考えています。数理科学とは、いわゆる統計や確率の世界で、大量のデータの中から再現性のある指針を導き出します。従来の物理シミュレーションと数理シミュレーションを組み合わせようというわけです。まだ、アイデア段階で、具体策がいくつもあるわけではないのですが、いわゆるビッグデータの解析のように、EMCに数理シミュレーションを取り入れるのです。まだ世界中でだれも手がけていない分野ですね。

初歩的には、例えば、電波暗室などでノイズの検査をします。周波数帯域によって、さまざまなノイズが発生しています。最近のデジタル機器だと、周波数帯ごとにピークがあり、そのピークが違った原因で動いている可能性があります。あまりにも多次元的に原因と結果があり、それぞれが絡み合っているので、もう頭の中だけでは整理できない。せっかく、精細な実験、試験をしているにもかかわらず、結果の取り扱いが雑で、長年の経験と勘、雰囲気などで決めているところがあります。そういうところに、数理科学、統計的な手法をちゃんと取り入れれば、今まで見えなかったものが見えてくるのではないか、問題を解決できるのではないか。

今後、クルマが電気自動車 (EV) 化していくと、EMCにどのように対応していくかが大きな問題となってきます。使用する電気電子機器が増えると、必ずノイズが増えます。クルマのプローブ情報 (走行した位置や車速などの情報) が具体的に活用されるようになったことから、EMCの情報も収集し、活用できるようになるのではないかと考えています。加えて運転者のドライブの動向や挙動なども組み合わせて考えれば、従来とは軸の違ったところでEMCにも役立つのではないかと思います。

EMC

Electromagnetic Compatibility。直訳すれば、「電磁両立性」ですが、「電磁環境適合性」「電磁環境両立性」などといわれることもあります。電子機器が動作することで他のものに妨害を与えず、またその動作が他のものによって妨害されないこと。この状態が成し遂げられたときに、「EMCが達成」されたということになります。
近年では、デジタル技術の発達によって、日常生活に数多くの電気電子機器が入り込み、電波や無線通信の利用が拡大しています。おおよそどのような機器も、世界のどのようなものともまったく関係なく存在することは不可能で、他の機器や自然現象などによって形成される環境の中で、共存していくことが求められています。これが、両立性 (Compatibility) の意味するところです。

EMCを構成するEMIとEMS 規制化が進むEMI、品質問題として扱うEMS

EMCは二つの要素からなるものです。一つは、電気電子機器が放出するノイズによって生ずるEMI (Electromagnetic Interference) 、もう一つは、周囲からのノイズによって電気電子機器がトラブルを起こさない耐性を意味するEMS (Electromagnetic Susceptibility) 。いわば、出すノイズと受けるノイズです。電流が流れる信号線があるとそこから必ず電波が出ていますが、逆の現象もあり、電波がある環境に信号線があるとそこに電流が誘導されます。この誘導された電流が回路の本来の信号電流に比べて無視できないほど大きくなると誤動作が起きます。耐性を上げるための工夫を「イミュニティ (immunity)」と呼びます。直訳すると「免疫」という意味で、電気電子機器に外部からノイズが加わったときに、どの程度まで誤動作しないかの尺度です。

ノイズを出す側のEMIでは、発生源となる装置の利用者は一般的にそれが与える障害について認識できないため、多くの国で規制も進んでいます。しかし、ノイズを受ける側のEMSでは、装置の利用者はその原因が特定できなくても装置に起こる障害は認識できるため、装置の持つ品質の問題として扱うことが多く、規制をする国も限られています。EMIの設計での対応は業界の長年の努力によりかなりの部分実施できていますが、静電気から高周波の電波まで、多様なノイズへの対応が要求されるEMSは未だに対策への比重が高く、今後とも設計技術の変革が必要とされます。

櫻井 秋久氏

イミュニティへの期待 部品からノイズの免疫を作る

コンピュータが急にシャットダウン。原因はわからないが、外部からのノイズが原因とも考えられる―。

イミュニティが対象とするノイズの範囲は広く、規格での対応のみでは困難ですが、最近のクルマやコンピュータで起きている問題は、イミュニティが要因であることが少なくありません。またスマートシティが進展し、実装の段階に入るとき、さまざまなイミュニティの課題が生まれることになります。ムラタさんには、ぜひこのイミュニティについて研究し、何らかの指針を出してもらいたい。部品の設計生産技術は日本の大きな財産であり、どんどん進化しています。ムラタさんのすごいところは、部品を作るだけではなく、新しい部品をどう使えばいいのかをユーザーと考えていこうとしている点。アプリケーション展開というか、それ以上のことをやってきたから成長したんですね。ぜひ次は、イミュニティをターゲットにして、部品のレベルからさまざまな課題を解決していってもらいたいと期待しています。

イミュニティ規制

Immunityは、意図的でない電磁障害の存在下において、電気電子機器を正しく動作させること。さまざまな電気電子機器が動作すると妨害の放射が生まれます。これをEMI (電磁障害) 、またはエミッション (Emission) と呼んでいます。一方、妨害に対する耐性、妨害の受けにくさのことをEMS (電磁的感受性) 、またはイミュニティといいます。これまで妨害を与えているエミッションの規制は世界中でなされてきましたが、エミッションと比較して、イミュニティが法的な規制の対象となるケースは多くありませんでした。しかし、最近ではエミッションによって機器が誤動作する可能性が認識されるようになり、技術的にもその可能性を低くできるため、イミュニティへの注目が高まりました。欧州ではすでにイミュニティの規制が進められており、日本でもJIS規格によってイミュニティに対する規制が進められています。

スマーター・シティー事業

IBMでは、都市のスマート化に貢献したいと考えています。そのために必要なのは「連携」と「全体の最適化」。2050年までに地球の人口の約70%が都市に住み、世界の全エネルギーの約75%を都市で消費するという予測があります。都市の構成要素である、自治体、企業、教育機関、病院、住宅といったそれぞれの分野が抱える課題に応じた支援を行う「スマーター・シティー」への取り組みは、まさに地球規模の課題だといえます。現在、そして将来の都市の課題に対して、ITを通じてより効率的で、賢い対処ができないかと考え、2009年にイニシアチブを立ち上げ、全世界で取り組みをスタートしました。

IBMでは、11の都市機能に着目しています。エネルギー、水資源、通信、交通といった物理インフラのエリア。教育、社会保障、医療といった人的活動。そして公共安全、行政・省庁アドミニストレーション、都市計画・開発、環境のエリアなどです。これらは都市だけにとどまる課題ではありません。都市での課題解決とともに社会基盤全体のスマート化の支援に取り組んでいます。

このスマーター・シティー構想の中にもEMCは取り入れられています。コアとなる無線や通信の技術が発達すると、必ずノイズの問題が発生します。ノイズがもたらす影響は、都市のスマート化の中でも大きな課題になりつつあります。