アプリケーションノート

ムラタ独自のパッケージ技術を利用したパーティクルスクリーニング手法

水晶振動子は、水晶ブランクのQ値が高いことによって任意の安定した周波数を得ることのできる電子部品です。しかしながら、Q値が高いゆえに水晶ブランクの表面上にパーティクルが付着すると、圧電特性により得られた振動は阻害され、CI特性が大きく上昇します。CI特性が上昇し、規定のCI値が得られないと発振が停止することがあります。

ここでは、水晶振動子の特性劣化を引き起こすパーティクルが付着した不良品を製造段階で確実に選別することを可能とする独自のパーティクルスクリーニング技術を紹介します。

1. 水晶振動子とは

水晶振動子とは、水晶の圧電特性を利用し、IC(マイコン)に周波数精度の高い信号を送ることが可能な電子部品です。圧電体である水晶ブランクの表裏面にはスパッタにより電極が成膜されており、表裏の電極に電界を印加することにより、ATカットでは厚みすべりモードの励振を発生することができます。水晶振動子のパッケージは、これまでシーム溶接、ガラス溶着、半田による封止など気密封止が一般的でしたが、HCR®ではセラミック基板と金属キャップを樹脂接着剤により封止する独自の樹脂封止パッケージ技術を確立しています(図1)。

図1. HCR®の構造図

2. 水晶振動子のパーティクル問題

水晶ブランク上にパーティクルが付着すると、振動は阻害され図2のようにCI値が上昇し、発振が停止する問題が生じます。水晶振動子に対するパーティクルの影響を調査した結果、 (1) パーティクルが水晶ブランク上に付着する位置 (2) パーティクルの種類 (3) パーティクルの固着状態によりCI特性への影響が変わることがわかりました。

図2. パーティクル付着前後での特性変化

(1)パーティクルが水晶ブランク上に付着する位置による影響

水晶ブランク上へ意図的にパーティクルを付着させ、水晶ブランク上での付着位置によるCI特性への影響を調査したところ、図3のように水晶ブランクの中心部で影響が大きいことがわかりました。水晶ブランクの中心部は振動の変位量がもっとも大きく、パーティクルのような質量負荷により振動が阻害されやすい位置となります。

図3.パーティクルの搭載位置によるCI特性への影響

(2)パーティクルの種類による影響

パーティクルには人体由来や繊維屑といった有機系パーティクルや電極屑といった無機系パーティクルがあり、製造工程には少なからず存在します。そこで、有機系と無機系のパーティクルを水晶ブランク上に載せCI特性への影響を調査した結果を図4に示します。実験では無機系パーティクルによるCI値の上昇は有機系よりも小さい結果となりました。無機系パーティクルは、水晶ブランクとの接触面積が小さく、定在波が伝播しにくかったからではないかと推測されます。

図4.パーティクルの種類によるCI特性への影響

(3)パーティクルの固着状態による影響

パーティクルが水晶ブランク上に付着した際に、接触面積や固着の状態変化によりCI特性への影響が変化するか調査しました。パーティクルをそのまま載せたときと、潰して固着の状態を変えたときのCI特性への影響を調べたところ、パーティクルを潰して水晶ブランクへの接触面積を大きくするとCI値が大きく上昇することがわかりました (図5) 。有機系のパーティクルより、無機系パーティクルでCI値の変化が小さかったのは、無機系パーティクルは変形しにくく固着性の変化が小さかったためだと考えられます。無機系パーティクルでも10%ほどのCI値の変化が生じたのは、無機系パーティクル表面に微量の有機系パーティクルが図6のように付着しており、潰すことで多少接触状態が変わったからではないかと考えられます。パーティクルの固着性による水晶ブランクへの影響を調査するため、パーティクルと水晶ブランクの接触面でヤング率を変え、固着性による影響をシミュレーションしました。ヤング率とCI変化率との関係を図7に示します。ヤング率が高いものほどCI値への影響が大きいことがわかります。固着性が高まる、すなわちヤング率が高くなるにつれ、パーティクルに水晶の振動が伝わりやすくなるからだと考えられます。振動が伝わると、パーティクルの減衰項(1/Qm)が作用するため、振動が阻害されCI値が大きくなります。 ヤング率がある程度大きくなると、振動はほぼすべてパーティクルに伝わるため、CI値はパーティクルの減衰項に依存した一定の値に近づきます。上述のようにパーティクルの影響が大きいことから、これまでの水晶振動子の製造プロセスとしては、図8のようにキャップを封止する前に過励振工程を設けています。過励振工程は、水晶ブランクに高電力の信号を印加し、水晶ブランクを励振させることで、水晶ブランク上のパーティクルを振るい落とす工程です。過励振工程は、振動の変位が大きい水晶ブランク中心部ではパーティクルを振るい落とすのに有効な手段でありますが、変位が小さいところでは、十分にはパーティクルを落としきれません。そこで、キャップ封止後には、過励振工程で除去しきれなかったパーティクルを顕在化させるため、製品を高温環境下に入れることでパーティクルを水晶ブランクに固着させる高温処理工程を設けています。

図5.パーティクルの固着状態によるCI特性への影響

図6.無機系パーティクルの表面分析

図7.接触面のヤング率を変化させたときの影響

図8. 工程系列

3. メカニズム

水晶ブランク上にある微小パーティクルは、固着していない状態では、固着しているときよりも水晶の振動を阻害する影響は小さくなります。水晶の振動による定在波は、パーティクルに伝播しにくいためであると考えられます。微小パーティクルが、水晶ブランク表面に固着された状態になると、図9のように水晶の振動による定在波は、パーティクルに伝播する部分が発生するため、定在波が乱れCI値の上昇をもたらします。 つまり水晶ブランクにパーティクルを固着させることで、CI値がより上昇しますので、特性選別工程でパーティクルが付着している製品を顕在化しやすくなります。水晶振動子の検査工程で適用される高温処理はこの原理を応用したものです。高温処理は有機系パーティクルに対して効果があります。高温環境下に入れることで、有機系パーティクルは変質し水晶ブランクの表面に固着します。しかしながら、無機系パーティクルは高温処理では固着しにくく、他の手段で固着させる必要があります。

図9. パーティクル付着による定在波の伝播

4. 対策手法

無機系パーティクル表面には有機系成分が多少含まれることから、水分を介して、図10のように水晶ブランクに固着させることができないか調査を行いました。

意図的にパーティクルを水晶ブランク表面に付着させた製品を高温高湿の環境下へ放置したときの特性の変化を調査した結果、無機系パーティクルは高温高湿度の環境下ではCI値が上昇することがわかりました。高温高湿度の環境として、 (a) 125℃相対湿度40%RHの環境に24時間維持した場合、 (b) 180℃相対湿度20%RHの環境に24時間維持した場合、 (c) 85℃相対湿度85%RHの環境に24時間維持した場合のCI変化率を図11に示します。皮膚などの人体由来のパーティクル (有機物A) を◆印、接着剤硬化物由来の微細破片などのパーティクル (有機物B) を■印、ステンレスなどの金属粉末のパーティクル (無機物) を×印で示します。 (a) では、CI変化率はいずれのパーティクルが付着しているものについても、50%以下と小さいことがわかります。特に接着剤硬化物由来の破片 (有機物B) や金属粉末(無機物)が付着している例では、CI変化率は小さい結果でした。 (b) では (a) の条件の場合に比べて接着剤硬化物由来の破片 (有機物B) を付着した場合のCI変化率は大きくなっています。しかし、金属粉末(無機物)が付着したものでは、CI変化率はさほど大きくはありません。これに対して、 (c) では、人体由来のパーティクル (有機物A) 、接着剤硬化物由来の破片 (有機物B) 、金属粉末 (無機物) のいずれが付着している場合においても、CI変化率が著しく大きくなっていることがわかります。

有機系パーティクルは高温の環境下ではCI特性に変化がありますが、無機系パーティクルには影響が小さいことがわかります。湿中処理は高温高湿の環境下に製品を入れることで、無機系パーティクルの固着性を高め、パーティクルを顕在化させるものです。

HCR®は樹脂封止構造であり、水蒸気を透過することができます。水蒸気をパッケージ内に意図的に取り入れ、無機系パーティクル表面に水分を吸着させることで水晶ブランク表面への固着性を高めます。水蒸気をパッケージ内に入れ過ぎると水分の質量負荷により、特性が劣化するため、パッケージ内へ入れる水蒸気量は制限する必要があります。パッケージ内に入れることが可能な水蒸気量は式1で表され、パッケージの内容積に依存することがわかります。意図的に内容積を変え、パッケージ内に入る水分量とCI変化量の関係を図12に示します。例えばHCR®XRCHAシリーズでの内容積は、水分量が220ng以下になるように設計することで、水分量によるCI特性への影響はないことが確認できます。以上により湿中処理を導入することでこれまでの高温処理よりも確実にパーティクルをスクリーニングすることができます。

図10.水分によるパーティクルの固着メカニズム

図11.エージング条件によるCIへの影響

式1.パッケージ内の水分量

図12.パッケージ内の水分量によるCIへの影響

5. おわりに

今回提案した新パーティクルスクリーニング技術は、ムラタの特許技術(特許第4998620号)でありHCR®の製造工程で実施しています。2009年から量産を開始していますが、湿中処理導入後、出荷品においてパーティクルによる不良はゼロです。今後、タイミングデバイス市場は携帯機器や自動車部品の多機能化によりさらに拡大を続けると予測されます。お客様に安定した品位の商品を提供できるようこれからも邁進していきます。

用語解説

*1 Q値:

発振のシャープさを表す値で周波数安定性の指標となる。

*2 パーティクル:

粒子などの微小異物。

*3 CI:

Crystal Impedance の略。水晶振動子の特性。