お客様に聞く

榎本 峰典 / Minenori Enomoto
株式会社デンソー 走行安全技術3部 第6技術室長

電子化がどんどん進み、進化を続ける自動車産業。いよいよクルマが、次世代に向けて大きく羽ばたこうとしています。デンソーは、先進的な自動車技術、システム、製品を、世界の主要な車両メーカーのほとんどに提供しているトップレベルの自動車部品サプライヤー。電子化が進展する中にあって、高品質高精度の電子部品が大きく貢献しています。中でもタイミングデバイスは、電子回路全体のバランスをとるために必須の部品。セラミックスと水晶とをあわせ持つムラタの技術に、今後の期待が高まっています。

ターゲットは2020年 クルマの自動運転が現実のものに

クルマの電子化、高度化が急速に進んできました。とりわけ今、注目されているのが、道路上での自動運転。それを東京五輪が行われる2020年代初頭までに実現するという目標が、政府などによって掲げられています。すでに実用化されている運転支援システムを高度化する方向で自動運転の実現を目指しており、公道での実験も本格化しつつあります。もちろん車両メーカーが中心となって動いていますが、家電やモーター関係のメーカー、さらにはソフト系の情報産業からも参入しています。やはり、クルマの運転を制御するためには、電子データや地図情報など、ビッグデータの集計と解析が必要で、そういうものを持っているプレーヤーが中心となり、一気にプレーヤーの再編が進んでいる感じです。

自動運転がもたらす新しい文化や倫理 どのように浸透させるかが課題

自動運転については、デンソーも実証実験を行っていますが、技術的には十分やれると思っています。ただ、問題はどのような自動運転にするのかという考え方、いわば思想や倫理の部分です。自動運転の概念は、国によっても違うし、国内でも年代や性別によっても違います。例えば、町中でクルマを運転するとして、日本で特徴的なのが、歩行者が交差点や横道からクルマが出てくるときに、見ているのが運転者であること。クルマ自体ではありません。運転者が自分に気づいてくれるというアイコンタクトが必要で、もし運転者が寝ていて歩行者を見ていないとなったら、その前後を横切ることは非常に怖い。自動運転の場合、クルマは制御されているし、周りの人の検知もしているので、止まることも、よけることもできます。しかし、歩行者にクルマが自動運転をしているから安全であるということを知らせないといけません。例えばハザードやランプを利用して知らせることはできますが、そのランプ点滅によって自動運転であるということが周知されるかどうか。一般の歩行者に、そういうことを理解してもらうための、バックボーンとなるものが重要です。

研究が進む衝突安全の分野 目標は交通事故ゼロの世界

クルマの高度化はもう一つあって、衝突安全の分野です。今は真正面からの衝突と、真横からの衝突を想定して、その対処方法としてエアバッグなどが備えられています。今後は、周辺の情報をも収集して、ナナメからの衝突や出会い頭の衝突に備えていこうという動きがあります。例えば、周りに走っているクルマとその情報を収集、前のクルマの減速を察知して衝突に備える。さらにインフラが整えば、交差点の情報や交通情報を受信しながらクルマを制御していく。「車車間」や「路車間」の情報通信を高度化させていくことで、「交通事故ゼロ」を目標にしています。自動運転とは別の、より現実味を帯びたリアルな世界でも、クルマの安全技術は進んでいます。

基本は安心・安全 救える人命を一人でも多く

自動運転も衝突安全も、基本は「安心・安全」が大きなテーマです。デンソーは、クルマが世界の人々に愛され続けるために、安心・安全にこだわり、使命として取り組んでいます。今や機能として安心・安全を設計しないといけない時代となっています。

例えばエアバッグは、他の製品とは違って通常は動作しない製品。ただ、動作したときは尊い人の命を守らないといけない。いざというときには、間違いなく動作し、救える命は救うのが役割です。

その安心・安全にもいろいろあって、まず「いつもの安心」。衝突する前に危険を察知して運転者に知らせる、もし運転者が気づかない場合は自動で制御します。衝突を未然に防ぐ、周辺状況を予測して、危ないと思ったら構える、検知から予測の世界です。

それでも衝突する可能性はゼロではない。それに備えるのが「もしもの安全」です。衝突してエアバッグが作動したら、その情報を通信で送り、救急車を呼ぶ、警察を呼ぶなど。その場合も、どの程度の事故なのかを事前にデータ解析して判断します。時速何キロでぶつかったのか、相手はクルマなのか、人なのか、建物なのか。その程度に応じて緊急で救急車やドクターヘリを要請するのか、もしくはけが人はいるのか、クルマは動くのかなどを判断して対応します。事故を層別し優先順位をつけて、事故後の救援までも含めた安心・安全対策を考えています。どうしたら人命を救えるのか、救える命は救いたいという方針です。

自動運転車

人間の運転を不要とし、自動で走行できる自動車のこと。オートパイロットは、すでに航空機の操縦に広く導入されています。海外ではGoogleが2020年までに「完全自動運転」実用化を目指して、トヨタ自動車やフォルクスワーゲン (VW) 、ダイムラー、GM、フォードなど世界の主要自動車メーカーと協議を開始したと伝えられています。国内では、日産自動車が2020年までに自動運転技術を複数の車種に搭載する予定であると発表し、トヨタ自動車も自動運転技術を搭載した試作車を発表。国土交通省は、2020年初頭に実現を目指すと発表し、ロードマップを示しています。こうして見ると、東京五輪が開催される2020年には、自動運転車が公道を走っている可能性が高いといえます。

ビッグデータ

従来のパソコン用データ処理ソフトなどでは処理することが困難なほど巨大で、複雑なデータ集合の集積物を表す用語。クルマにおいても、最近急速に電子化が進んだ結果、さまざまな車両内データを、リアルタイムで、安価に収集・交換できるようになりました。それらを常時集積し、外部につながった通信網によって1カ所に集積させたものが、ビッグデータに該当します。例えば、車載の電子回路やセンサが発信する電波を拾い集めたものを1カ所に集積させることで、クルマがどういう動きをしているかが把握できます。こうしたクルマで扱われるデータは「プローブ情報」と呼ばれ、クルマ版のビッグデータとして注目されています。クルマ周辺ビジネスとのかかわりも深く、今後新しいマーケットが生まれると期待されています。

クルマの安心・安全を担うタイミングデバイスの重要性

クルマの電子化が急速に進むと、電子回路間での同期が必要となります。電子化の進展に伴い、あらゆるところにICやセンサが組み込まれるわけですが、その回路間の同期をとるために必要なのがタイミングデバイスという部品です。

クルマにはECU (Electronic Control Unit) があり、エンジンの運転制御を電気的に行う場合に、それらを総合的に制御するマイコンが必要になります。これだけ電子化されると、従来のメカニカルな構造のときにはなかったような電子製品同士のタイミングを図る必要があります。どんな製品にも微妙な誤差がありますが、その誤差を補正し、高精度、かつスピーディーに同期する必要があるわけです。タイミングデバイスは、クルマの中でもそれだけ重要な部品となってきました。

クルマのタイミングデバイスは、最初は水晶で設計していましたが、セラミックス (セラロック®) の精度が上がってきたのでセラロックを使っています。採用のポイントは、価格とサイズで、製品の高さがキーとなりました。今後、クルマにもEthernetなど通信技術が導入されると、より高精度が必要になり、タイミングデバイスも水晶を使うことになるでしょう。水晶とセラミックスは、使い分けていくことになると思います。

小型化と実装は両輪の技術より高品質、高精度が人命を守る

電子部品の小型化はかなり進んだと思いますが、やはり小型化よりも高品質、高精度ですね。小型化は、実装面での問題もあるのではないでしょうか。小型になりすぎて、オートメーションの工程に組み込めないというのも困ります。小型化と実装は同時に実現してほしい技術ですね。

今の職務では、エアバッグなどの開発に携わっていますが、衝突事故が起こった場合にエアバッグは数ミリ秒 (1,000分の1秒) の単位で動作します。それが自動運転や衝突安全の世界になると、動作単位を1~2桁下げないといけません。当然、クルマの速度が速くなると1ミリ秒で進む距離が広がります。時速30kmよりも80km、100kmのほうが危険性は増すわけで、時間の誤差というものが大きな影響を及ぼします。自動車部品に求められる高品質や高精度は、人命にかかわるだけに非常に重要です。

どんなモードで壊れるかが知りたい理想は温度依存性がない部品

クルマにかかわる関係で電子部品に求められるのは品質です。特に近年、クルマの耐用年数が5年から10年へと伸びてきているので、耐久性は欠かせません。ただ、どんな製品であっても、ずっと動作することはあり得ないので、どういったモードで壊れるのかが知りたいですね。例えば、固い金属は曲げれば折れて断線しますが、柔らかい金属は曲がり、断線しない場合があります。曲がっても電流が流れ、徐々に断線していくというのは検知が難しい。いろんなモードで壊れるわけで、常にあらゆることを想定してチェックをしなければならない。その範囲にも限界があります。どういう条件で壊れるのかが明確になる、あるいはその部品が自分で診断して、自ら異常を検出してくれるような自己判断ができれば、より使いやすいですね。

温度依存性がない部品も欲しい。-40度の世界でも、+100度の世界でも、正常に動作する部品。クルマはどういう環境で運転されるのかはわかりません、灼熱の砂漠なのか極寒の氷原なのか。世界で見れば必ず夏と冬があるわけで、温度によって性能が変化しない部品があると、われわれの設計は非常に楽になります。そういう意味で、クルマの電子化と同時に、電子部品の温度依存性も大切なことだと思っています。

個人的には宇宙開発の技術には注目しています。宇宙から俯瞰で見ていると、いろんなものが見えてくるような気がします。注目しているのは、3Dの地図です。クルマが走るときに、その道路の起伏がわかるのとわからないのでは、大きく違います。上り坂だからアクセルを踏み込むとか、下り坂なのでエンジンブレーキをかけるとか、人間は3Dで見ている情報から判断してクルマを制御しています。今後、自動運転を考えていくときに、3Dの技術は大いに役立つのではないかと考えています。

技術で世界の先を行く日本今後あらゆる面でグローバル展開を

クルマの高度化は、メカニカルから電子化へ、そして情報の分野へと突き進んでいます。今までのクルマは、外部とのつながりはありませんでしたが、今後は外部とのつながりが必須になります。通信技術の問題やセキュリティの問題もあります。クルマの安心・安全は人命にかかわるだけに、ないがしろにはできません。

こうした分野の技術レベルでは、日本は世界に先駆けています。しかし、規格化や標準化は欧州のほうが進んでいます。米国はソフトの分野、特にセキュリティの分野では脆弱性を指摘して改良を進めます。クルマの分野では、それぞれの国や地域の特徴があり、まさしくグローバルな視野での展開が期待されています。デンソーの強みは、欧米をはじめ、いろんな車両メーカーと取引していることです。難しいのは、こういう世界の動向を読み誤ると、よい製品や高品質な製品でも売れないということです。競争するところと、非競争のところ、この見極めがますます大切になってきます。

デンソー自動運転の実証実験

デンソーが「高度運転支援技術の公道試験を開始」

デンソーは高度運転支援技術の開発に向け、2014年6月下旬から愛知県・南知多道路で公道試験を開始しました。これは安全運転の支援とドライバーの運転負荷軽減を目指した技術で、単一レーン内の自動走行ならびに自動レーンチェンジ等を実施します。

従来、デンソーはテストコースでこれら技術の開発を行ってきましたが、公道で走行試験を行うことにより、テストコースでは得ることができない課題を抽出・分析・解決し、技術の確立を目指します。

デンソーは、ドライバーの意思を尊重しつつ運転をより安心・安全なものとする高度運転支援技術の開発に取り組んでいます。高度運転支援技術の開発・実用化を通じて、交通事故の防止に寄与し、より安心・安全なクルマ社会の実現に貢献していきます。なお、この試験は、愛知県を中心に、県内の企業・団体が参加して実施している交通事故抑止に関するプロジェクトチーム「自動車安全技術プロジェクトチーム」の活動の一環として実施します。

ECU (Electronic Control Unit)

電子制御ユニットとは、運転制御を電気的な補助装置を用いて行う際に、それらを総合的に制御するコンピュータ回路のこと。自動車の電子制御装置。エンジン、エアコン、ABS (Antilock Brake System) やエアバッグなどの各種安全装備の制御を行う組み込みシステムを指します。エンジン制御などのパワー系、エアコン制御などのボディ系ともども、電子化によってクルマ制御の内容が高度化しています。制御するシステムが増えたために搭載するECUが増え、クルマ1台当たりのECU搭載数は、1992年~1993年ごろまで30個程度だったのが、今では50個~60個に達しています。狭い個所にECUを収めるための小型化技術が重要になってきています。