論文紹介

誘電体ナノ粒子合成とナノ領域機能計測の研究

鈴木 啓悟

原論文 誘電体ナノ粒子合成とナノ領域機能計測の研究

参考文献

  1. Keigo Suzuki and Kazunori Kijima, "Effect of oxygen injection on synthesizing barium titanate nanoparticles by plasma chemical vapor deposition", J. Mater. Sci. 41 (2006) 5346-8.
  2. Keigo Suzuki and Kazunori Kijima, "Dielectric properties of BaTiO3 films prepared by RF-plasma chemical vapor deposition", Jpn. J. Appl. Phys. 44 (2005) 8528-35.
  3. Keigo Suzuki, Keisuke Kageyama, Hiroshi Takagi, Yukio Sakabe and Kazuo Takeuchi, "Fabrication of monodispersed barium titanate nanoparticles with narrow size distribution", J. Am. Ceram. Soc. 91 (2008) 1721-4.
  4. Keigo Suzuki, Nobuhiko Tanaka, Keisuke Kageyama and Hiroshi Takagi, "Fabrication of well-dispersed barium titanate nanoparticles by the electrospray of a colloidal solution", J. Mater. Res. 24 (2009) 1543-52.
  5. Keigo Suzuki, Takafumi Okamoto, Hiroyuki Kondo, Nobuhiko Tanaka and Akira Ando, "Insulation degradation behavior of multilayer ceramic capacitors clarified by Kelvin probe force microscopy under ultra-high vacuum", J. Appl. Phys. 113 (2013) 064103.

発表媒体: 日本セラミックス協会 平成25年度技術奨励賞受賞講演

積層セラミックコンデンサの小型大容量化に伴い、誘電体層の薄層化とグレインの微粒化が進んでいる。今後のさらなる薄層化を考慮すると、粒径10nm級の誘電体ナノ粒子合成技術の確立とグレインサイズが誘電特性に及ぼす影響の見極めが重要になる。気相プロセスにより粒径10nm級のチタン酸バリウムナノ粒子合成法を開発し、その誘電特性を調べた。また薄層化に伴って誘電体層の精密な設計も求められており、微視的な観点から誘電体を評価し材料設計に反映することが重要なアプローチの一つになる。薄層化に伴う信頼性の確保は特に重要なテーマであるが、本研究ではナノ領域評価法として超高真空走査プローブ顕微鏡を適用し、誘電体層の絶縁劣化挙動を調査した。

誘電体ナノ粒子の合成

積層セラミックコンデンサ (MLCC) の小型大容量化に伴って、誘電体層の薄層化が進んでいる。MLCCの信頼性を確保するために誘電体層は通常複数個のグレインで構成されており、薄層化に伴ってグレインも微細化してきている。このような背景から誘電体原料粉末の微粒化が要求され、今後のさらなる薄層化への対応を考えた場合、粒径10nm級の誘電体ナノ粒子合成とその誘電特性評価が重要になる。MLCCに用いられる主要な強誘電体材料はチタン酸バリウム (BaTiO3) であり、本研究ではプラズマCVD法、レーザーアブレーション法、静電噴霧法などの気相プロセスを用いて、粒径10nm級のBaTiO3ナノ粒子合成法の確立を進めてきた。

プラズマCVD法では誘導結合型プラズマ (ICP) を用いるが、 (1) ICPが高温であるため原料が原子レベルにまで分解され、そこから急冷されて形成されるナノ粒子は超微粒になる、 (2) 無電極放電であるため電極からの不純物混入が無く純度の高いナノ粒子が得られる、といった特長がある。ICPを用いたBaTiO3ナノ粒子合成の前例はなく市販装置も存在しなかったため、装置設計・製作から研究を開始した。本手法ではBaとTiの有機金属ガスをICPに導入することでナノ粒子を合成する。雰囲気圧力、ガス流量、酸素導入位置といった種々の実験パラメータを最適化した結果、平均粒径10nm以下のBaTiO3ナノ粒子を作製することに成功した (図1) 。電子回折パターンから微粒であってもペロブスカイト構造を保つことが確認されている。

図1. (a) プラズマCVD法によるBaTiO3ナノ粒子合成の外観、 (b) 得られたナノ粒子のTEM明視野像、 (c) 同じく格子像、 (d) 同じく制限視野電子回折パターン。

プラズマCVD法ではナノ粒子が高温熱履歴を経て互いに凝集するため、分散性の高いナノ粒子は得られず粒度分布にもばらつきがあった。これらの問題を解決するため、レーザーアブレーション法と静電噴霧法を検討した。前者ではBaTiO3セラミックスターゲットにパルスレーザー照射して原料を蒸発・核生成させ管状炉に気流搬送し、加熱して結晶化させる。この後、微分型電気移動度分級装置を用いてナノ粒子を特定の粒径で選別することにより、粒度が揃った分散性の良いナノ粒子を得ることができる。後者ではBaとTiを含む原料溶液を毛細管に供給し高電圧を印加することで、管先端から互いに静電反発する超微小液滴を発生させる。この液滴を管状炉で加熱して溶媒を蒸発させることにより高分散のBaTiO3ナノ粒子を得る。両手法ともに合成条件を最適化した結果、図2に示すように分散性の高い10nm級のBaTiO3ナノ粒子を得ることができた。以上の手法は大量生産に適してはいないが、微粒で粒度分布が狭く分散性が良いため、BaTiO3ナノ粒子の物性の本質を調べるのに適している。今後、MLCC用誘電体ナノ粒子の材料設計指針を得るのに役立つと期待される。

図2. (a) レーザーアブレーション法で作製したBaTiO3ナノ粒子のTEM明視野像、 (b) 同じく格子像、 (c) 静電噴霧法で作製したBaTiO3ナノ粒子のTEM格子像。

BaTiO3ナノ粒子の誘電特性

プラズマCVD法で作製されるBaTiO3ナノ粒子について誘電特性を評価した。ICPの尾炎部にPt/Si基板を配置し、基板とICP中心との距離を変えると基板温度が変わるため、薄膜のモフォロジーを柱状から粒子状まで制御できる。この手法を用いてナノ粒子薄膜を作製した。得られた薄膜を高速焼成炉で熱処理して、そのグレインサイズを種々に調整した後、Pt上部電極をスパッタで形成してキャパシタ構造とした。図3に比誘電率 (εr) のグレインサイズ依存性を示す (AC-100mV, 1kHzで測定) 。ここでは同じくプラズマCVD法で得たBaTiO3ナノ粒子粉末についてXRDパターンのリートベルト解析で求めたc/a軸比も併せて示してある。粒径50nm近傍でεrは約1000、c/a軸比は1.005程度であることがわかる。薄膜に対するP-Eヒステリシスや静電容量のバイアス電圧依存性、ナノ粒子粉末に対するRaman分光や相転移の潜熱なども評価した結果、グレインサイズが30nm以上の範囲において結晶構造は正方晶であり強誘電性も保たれることがわかった。一般に強誘電体を微小化した場合、サイズ効果によって強誘電性が消失しεrが低下することが知られるが、微粒であってもεrが高く保たれる可能性が本実験により示された。この結果は微小サイズ領域におけるBaTiO3のポテンシャルの高さを示しており、MLCCの誘電体層薄層化における指針となることが期待される。

図3. プラズマCVD法で作製したBaTiO3ナノ粒子薄膜の比誘電率のグレインサイズ依存性 (AC 100mV, 1kHzで測定) 。同じくプラズマCVD法で得たBaTiO3ナノ粒子粉末についてXRDパターンのリートベルト解析で求めたc/a軸比も併せて示した。

誘電体のナノ領域機能計測

上述のXRDや誘電特性は多数のグレインから得た平均的な情報に基づく評価であるが、実際にはグレイン毎に特性ばらつきがあり、結晶粒界や電極/誘電体界面なども特性に大きく影響するはずである。これらを踏まえて誘電体材料をファインに設計するには、マクロな評価に加え微視的観点からも機能を計測する技術が重要になる。誘電体のナノ領域機能計測法として本研究では超高真空プローブ顕微鏡 (UHV-SPM) を適用した。この手法は、 (1) 超高真空環境であるため材料の清浄表面が得られ物性の本質を追究できる、 (2) 空間分解能・エネルギー分解能が高いため機能を高精度で計測できる、といった特長がある。UHV-SPMを用いた誘電体材料の研究は未開拓な部分が多く、今後誘電体に関して多くの知見が得られると期待される。SPMには種々の機能計測法があるが、本稿ではケルビンプローブ原子間力顕微鏡 (KFM) を用いたMLCCの絶縁劣化評価を紹介する。

MLCC誘電体層の薄層化で大容量が得られるが、直流電圧印加時における誘電体層への電界強度が増大するため、定格電圧以下の使用でもMLCCは徐々に絶縁破壊に至る。すなわち信頼性の確保が困難になる。特に耐還元性を付与するためのアクセプタ添加で誘電体層に酸素空孔が多く形成され、直流電界下でこの酸素空孔がマイグレーションし絶縁劣化につながると言われている。MLCCの絶縁劣化はインピーダンス解析などのマクロな手法で評価されることが多く、絶縁劣化した誘電体を微視的に機能計測した例は少ない。KFMは先端の曲率半径がナノメートルオーダーの導電性探針を用いて試料の表面電位を計測する手法である。試料の水平方向に直流バイアス電圧を印加した状態で測定することにより、動作中の有機薄膜トランジスタ表面のチャネル電位分布などが評価されている。本研究ではMLCC誘電体層に対して直流バイアス電圧を印加した状態で同様の測定を行い、抵抗成分 (電位勾配) の分布を調べた。なお本実験では約10-8Paの真空下で測定するため水分などの大気成分が表面電位に及ぼす影響を排除でき、信頼性の高いデータが得られる。

MLCC (X5R, 2.2μF, 4.2×1.6×1.6mm3、誘電体層厚み約3.8μm) に対して150°C,40VでHALT試験 (100時間, 215時間) を行った。絶縁抵抗は未劣化MLCCに比べて、HALT100時間で0.6桁、HALT215時間で2.2桁低下した。劣化後のMLCCを積層断面が出るように研磨してサファイア基板に固定し、Agペーストを介して両端の外部電極を直流電源と接続した。HALT時の陰極は接地し、HALT時の陽極に対して+5V (順バイアス) あるいは-5V (逆バイアス) を印加した。PtIr5被覆の導電性探針を用いて非接触モード、室温で測定を行った。

KFM測定で得られた誘電体層の表面電位ラインプロファイルを図4に示す。両端の電位が平らな部分がNi電極、電位勾配が見られる箇所が誘電体層である。未劣化 (HALT0時間) のMLCCでは誘電体層の電位がステップ状に変化している様子がわかる。一方HALT 100時間の試料ではこのステップが少し弱くなり、HALT 215時間の試料ではステップがほとんど見られなくなった。一般的に結晶粒界の抵抗はグレインの抵抗よりも高いことが知られている。未劣化MLCCでは絶縁抵抗が高いため粒界の高抵抗が電位ステップとして観察されたが、劣化が進むことによって粒界が低抵抗化し電位ステップが消失したと予想される。この様子をKFMで捉えた可能性があるが、現象の理解にはさらなる追究が必要である。

図4. KFM測定で得られた誘電体層の表面電位ラインプロファイル (順バイアス) 。

MLCC断面の電位勾配像を図5に示す。この像はKFMで得られた表面電位像を誘電体層の厚み方向に微分することによって得た。各図の両端がNi電極、中央が誘電体層である。各試料ともに同一箇所で順バイアス、逆バイアス測定を行った。未劣化MLCCでは順バイアス、逆バイアスともにNi電極/誘電体層の界面に特異な箇所は見られない。一方、HALT 100時間の逆バイアスで陽極側 (HALT時の陰極側) に電界集中が見られ、HALT 215時間でこの電界集中はさらに顕著となった。一方、順バイアスの場合HALT100時間で顕著な変化はなく、HALT215時間で陽極側 (HALT時の陽極側) に電界集中が見られるようになった。測定箇所を何箇所か変えたが、この現象は同様に観察された。

図5. MLCC断面の電位勾配像。各図の左右両端がNi電極、中央が誘電体層である。KFMで得られた表面電位像を誘電体層の厚み方向に微分することによって得た。Ni電極に示した"+"は正電位、"-"は負電位であることを示す。各試料共に同一箇所で順バイアス、逆バイアス測定を行った。

エネルギーバンド図を用いた考察によると、劣化した誘電体層がp型半導体である場合、KFM測定時の陽極側にエネルギー障壁が生じ、高抵抗となるため電界集中が生じる。これは今回の実験結果と一致しており、劣化後期に生じる陽極近傍の電界集中が絶縁破壊につながると示唆される。今後は劣化した誘電体の伝導型を明らかにすることが重要である。さらにバンド図によると劣化によって酸素空孔がHALT陰極側に蓄積した場合、電極近傍にバンド湾曲が生じ高抵抗となる。今回逆バイアスの陽極側 (HALT陰極側) で特に電界集中が顕著であったが、劣化の支配因子である酸素空孔マイグレーションを捉えている可能性がある。微視的評価から得られた絶縁劣化機構の知見は、高い信頼性を持つ誘電体層の設計に反映できると思われる。

まとめ

気相プロセスを用いて粒径10nm級のBaTiO3ナノ粒子合成法を確立した。特にプラズマCVD法によるBaTiO3ナノ粒子を用いて、グレインサイズ数十nm領域の誘電特性を明らかにした。またUHV-SPMを使った誘電体のナノ領域機能計測法の有用性を示した。今後SPMの多岐に渡る機能を適用すれば誘電体ナノ構造における新たな知見が得られ、小型大容量化するMLCCの材料設計に貢献できると思われる。

用語解説

*1 c/a軸比:

正方晶ペロブスカイト構造の軸格子定数に対するa軸格子の比。BaTiO3粉末の強誘電性の度合いを示す目標として用いられる。室温における正方晶BaTiO3バルクのc/aは1.011である。

*2 HALT:

Highly Accelerated Lifetime Testの略。高温中でMLCCに定格電圧以上の直流電圧を印加し、その信頼性を評価するための加速寿命試験。

*3 KFM測定:

ケルビンプローブ原子間力顕微鏡 (Kelvin probe Force Microscopy: KFM) を用いた表面電位計測法。導電性探針に直流電圧と交流電圧 (角周波数ω) を同時に印加し、探針-試料間の静電気力のω振動応答を抑圧するように直流電圧を制御することによって表面電位を測定する。