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I.H.P. SAW

革新的な技術開発で高性能な弾性表面波デバイスを実現

通信端末には800~2500MHz帯で動作する高周波 (RF: Radio Frepuency) フィルタが用いられています。このRFフィルタには、圧電体基板の表面を伝搬する表面波 (SAW) を利用したフィルタが広く使われていましたが、近年、バルク弾性波 (BAW) の商用化が進み、従来の表面波フィルタでは対応できない高難度Bandにおいて、BAWの適用が広がっている状況です。ムラタは、従来の表面波の弱点を克服したI.H.P. SAW (Incredible High Performance-SAW) の開発を行い、BAWを凌駕する特性の実現に成功しました。ここでは、I.H.P. SAWの技術について紹介します。

1. RFフィルタの現状とSAWの課題

通信端末の送受信回路にはRFフィルタが用いられています。RFフィルタとは、所望の周波数帯の信号のみを通過させて、その他の周波数の信号を遮断するためのデバイスです。RFフィルタは複数の共振子から構成され、一般的には梯子状に共振子が接続されたラダー回路によって所望のフィルタ帯域が形成されます (図1) 。通信端末で使用可能なBandには、周波数、通過帯域幅が異なるいろいろなBandが存在しますが、それぞれのBandの規格が満足できるよう回路、共振子設計の最適化が行われています。

図1. RFフィルタ (ラダー回路) の説明図

図1. RFフィルタ (ラダー回路) の説明図

RFフィルタでは、通過特性の肩における急峻性が重要となります。通過帯域と阻止帯域との間の周波数間隔 (図1の赤矢印) が狭いBandはフィルタ設計の難易度が高く、より通過帯域の肩が急峻なフィルタ特性が必要となります。急峻性を高めるためには、フィルタを構成する共振子の回路設計も重要ですが、同時に、共振子自身の特性 (Q値) も大きく影響します。そのため、高難度のBandに対応できるよう、各社、共振子のQ特性の向上を目指して開発を進めています。

RFフィルタには、圧電体LiTaO3単結晶基板を用いた弾性表面波デバイスが広く使われています。圧電体基板の表面に櫛形電極 (IDT: Interdigital Transducer) を形成した構造で、IDTにより励振された弾性表面波の共振特性を利用して、RFフィルタの帯域を形成します (図2) 。

図2. 弾性表面波デバイス

図2. 弾性表面波デバイス

一方、SAWの対抗技術として、バルク弾性波 (BAW) を利用したRFフィルタの技術もあります。BAWは圧電体を上下電極で挟み込む構造で、厚み縦振動を利用したフィルタが一般的に使用されています。BAWの特徴としては、製造のプロセスが複雑でコストが高い反面、SAWよりも高Qな特性が実現可能で、BAWの共振を利用したRFフィルタでは高い急峻性をもつ良好なフィルタ特性を得ることが可能となります。SAWには放熱性の点においても課題が存在し、高難度のBandに対してBAWの市場が大きくなっている状況です。

このような状況下において、ムラタは従来のSAWの弱点を克服したI.H.P. SAWの開発に成功しました。I.H.P. SAWは、BAWと同等以上の特性を実現することが可能で、BAW以上の温度特性、高放熱性のメリットも兼ね備えた付加価値の高い商品です。

2. I.H.P. SAWの特長

I.H.P. SAWは、 (1) 高Q、 (2) 低TCF、 (3) 高放熱性の3つの特長をもった弾性表面波デバイスです。

(1) 高Q

I.H.P. SAWでは高Qな特性が実現できます。表面波のエネルギーを基板表面に集中させることができる構造を採用しており、基板上の表面波をロスなく伝搬させることが可能となりました。1.9GHz帯での共振子の試作結果ではQ特性のピークは3000を超えており、Qmaxが1000程度の従来SAWよりも大幅に改善することができました。

I.H.P. SAWをRFフィルタに適用した事例を図3に示します。対象のBandは、現在もっとも難度が高いとされているBand25です。挿入損失はTYP値でTx: 1.5dB、Rx: 2.1dB、アイソレーションはTYP値でTxIso: 57dB、RxIso: 59dBと良好な特性が実測で得られており、高難度のBand25にも対応可能です。

図3. I.H.P. SAW Band25DPX (左図:通過特性、右図:アイソレーション特性)

図3. I.H.P. SAW Band25DPX (左図: 通過特性、右図: アイソレーション特性)

(2) 低TCF

I.H.P. SAWでは周波数温度特性も改善することができます。線膨張係数と音速を同時にコントロールすることで良好な温度特性が実現できています。-35℃から+85℃に温度を変えた時のフィルタ特性を図4に示します。従来SAWではTCFが約-40ppm/℃と非常に大きいシフト量であったのに対し、I.H.P. SAWでは±8ppm/℃以下にまで改善することが可能となります。約30ppm/℃の改善で、基板構造の設計次第ではゼロTCFも可能となります。

図4. 温度変化時のフィルタ波形 (青:-35℃、黒:+25℃、赤:+85℃)

図4. 温度変化時のフィルタ波形 (青: -35℃、黒: +25℃、赤: +85℃)

I.H.P. SAWのTCFはBAWと比較しても良好です。一般的なBAWフィルタのTCFは-20~30ppm/℃で、TCFの観点においてはBAWよりも良好な温度特性が実現できています。近年、温度特性に対する要求が厳しくなっていく中で、I.H.P. SAWの低TCFの特長はフィルタ設計を行う上で大きなメリットとなります。

(3) 高放熱性

I.H.P. SAWは放熱性が良好です。RFフィルタに高電力の信号を入力するとIDTにおいて発熱が生じ、さらに強い電力を入力するとIDTで発生した熱により電極が破壊される不具合が発生する恐れがあります。

I.H.P. SAWの場合、電極で発生した熱を基板側に効率よく放熱することができ、電力投入時の温度上昇を従来SAWの半分以下にすることが可能となります。低TCFと高放熱性の2つの効果により、高温における動作も安定します。

3. 今後の可能性

I.H.P. SAWは、低周波数 (800MHz帯) から高周波数 (2500MHz帯) まで幅広い周波数範囲において良好な特性を実現することが可能です。最近の開発においては、従来SAWでは難しいと考えられてきた3.5GHz帯についても良好な特性を得ることができました (図5の3.5GHz) 。今後のモバイル端末の高速化が進んでいく状況において、I.H.P. SAWは次世代もカバーできる商品といえます。

また、比帯域調整の自由度もI.H.P. SAWの特長のひとつです。I.H.P. SAWでは比帯域を自由に選択することができます。Bandによっては狭帯域から広帯域まで、いろいろな帯域幅のBandが存在しますが、I.H.P. SAWでは所望の帯域を選択することで、各Bandに最適なフィルタ設計が可能となります。

また、フィルタの小型化への要求にも対応可能です。前述の3つの特長を活かして、従来SAWよりも大幅なデバイスの小型化が可能になります。今後、通信端末の小型化が進み、フィルタに対する小型化の要求がより一層強くなる状況において、I.H.P. SAWはサイズメリットが出せる商品です。

図5. I.H.P. SAW、従来SAWのQ特性比較

図5. I.H.P. SAW、従来SAWのQ特性比較

4. おわりに

I.H.P. SAWは表面波の技術を用いながらBAW以上の特性が実現できる付加価値の高いデバイスです。周波数の拡張、小型化、マルチバンド化など、RFフィルタに対する要求が年々厳しくなっていく状況において、I.H.P. SAWでしか対応できないという場面が今後ますます増えていくと考えています。I.H.P. SAWがムラタのRF部品の柱の商品となり、お客様に安定した商品の提供ができるようこれからも邁進していきます。

用語解説

SAW (Surface Acoustic Wave) :

圧電基板上を伝わる弾性表面波を利用して、特定の周波数帯の電気信号を取り出すフィルタ。

BAW (Bulk Acoustic Wave) :

圧電体のバルクの振動を利用して特定の周波数帯の電気信号を取り出すフィルタ。

Band:

通信に使用できる周波数帯。国や地域により周波数、帯域幅が異なる。

Q値 (Quality factor):

共振のピークの鋭さを表す指標。Q値が大きいほど損失が少なく、良好なフィルタ特性を得ることが可能。

TCF (Temperature Coefficients of Frequency) :

周波数温度係数。温度変化に対する周波数の変動量を表し、TCFが小さいほど温度変化に対して安定。