研究者の横顔

通信の未来を切り拓く第5世代ブロードバンド、Billion単位でモノとモノをつなげるネットワーク ギガ単位の通信速度を見据えた通信方式の構築に、期待が高まる

教授 原田 博司 氏/Hiroshi HARADA
京都大学大学院 情報学研究科 通信情報システム専攻

1995年
郵政省通信総合研究所 (現独立行政法人情報通信研究機構 (NICT) ) 入所。以来、デジタル信号処理を用いた移動通信技術、ソフトウェア無線技術、コグニティブ無線技術、ワイヤレススマートメータリングの研究開発、標準化に従事。

1996~97年
オランダ・デルフト工大研究員。米国ソフトウェア無線 (SDR) フォーラム理事、米国Wi-SUN®アライアンス理事会共同議長、米国ホワイトスペースアライアンスおよびダイナミックスペクトルアライアンス理事、米国IEEE Dyspan standards committee (1900) 議長、IEEE802.15.4g、IEEE1900.4、IEEE802.15.4m、およびTIA TR-51各国際アライアンスおよび国際標準化委員会副議長などを歴任。

2014年より京都大学大学院情報学研究科教授。

2006年 電子情報通信学会業績賞

2009年 同学会フェロー

2014年 文部科学大臣表彰科学技術賞および内閣府産学官連携功労者表彰、総務大臣賞受賞。

研究するのは、人をつなぐための次世代のブロードバンド、第5世代の移動通信システム。そして、1億から10億 (Billion) にいたるモノ同士をつなげるネットワーク。よりよく、より多くの人やモノをつなげるための通信方式や通信プロトコルの研究開発が課題だ。企業との連携も重視し、企業の役割と大学のあるべき姿を明確にする。ネットワーク社会の未来を左右する、実践的な研究開発が続く。

ギガビット単位のデータ伝送、
5Gブロードバンドへの期待

現在研究が進む5G (第5世代移動通信) は、4G LTEの上位に位置づけられる次世代の移動通信方式の通称。今の転送レートの100~1000倍以上の通信、「ギガビット」単位のデータ伝送を従来の携帯電話網で行う。2020年の実用化が目標だが、ソフトとハード両面からの取り組みが必要で、実現は困難を極める。

ただ、データ通信は、必ずしも常にギガビットの双方向伝送をする必要はない。通話などは低い周波数で行い、高い周波数のときにギガビットの伝送を行う。情報には、情報を伝えるための情報「制御情報」と、情報の内容である「ユーザー情報」の2種類がある。低い周波数のエリアにいるときは上下双方向が必要な制御情報を送り、高い周波数のエリアに入った時点で下りだけの大量のユーザー情報を送る。こうした複数周波数の利点を活かした通信技術を「ウルトラキャリアアグリゲーション」と呼ぶ。原田教授の研究チームは、現在使われている周波数帯の中に空きを探し、それら周波数帯を束ねてトータルでギガビットを実現することを目指している。

周波数帯の空きを探し、そこに情報を埋め込む

5Gの実現において必要なのは、空いている周波数帯を探す技術と、そこに情報を埋め込む技術だ。空いているところは、スペクトラムアナライザーのような計測技術でスキャンするか、あらかじめデータベースで用意し、クラウドから提供する。情報を埋め込むには、空いているところに合うような形にして送る。周波数の占有の仕方、スペクトルを変えてマッチングさせるわけだ。原田教授は「ハード面でフィルタを作るか、通信方式を開発するか。両方あれば最強となる。前者はムラタのようなデバイスメーカーの仕事、後者は大学などで考えることだと思っている」と語る。

2015年12月あたりから成果を出し始めたのが、OFDM (Orthogonal Frequency DivisionMultiplexing) という通信方式の利用。信号間に発生する不連続点を「ウィンドウイング」という技術で平滑化していく。この方式だと、信号処理だけでデータをすき間なく詰め込んでいくので、無理なく転送レートを上げられる。それでも足りなければフィルタを入れる。こうすることで、低い周波数を万遍なく使う。低い周波数帯は伝送レートが低いので、まずは制御情報のみのデータを送る。そして、高い周波数帯に入ったときに、空いている帯域を使って大量のデータを転送する。

第5世代ブロードバンド移動通信システム

第4世代移動通信で実現できなかった、2つの事項を解決する必要がある。すなわち、さらなるブロードバンド移動通信の実現と第4世代LTEにおける5MHzのチャネルを最大4チャネル利用して、下り最大伝送速度を約300Mbps、上り最大伝送速度を約75Mbpsにすること。そして、さらにこのチャネルを最大で20チャネル束ねることで、下り最大伝送速度3Gbps、上り最大伝送速度1.5Gbpsの実現を目指すこと。第5世代移動通信システムでは、さらに10倍以上の伝送速度、すなわち10Gbpsオーダーの通信速度の実現が必要となる。

第5世代通信システムのイメージ

第5世代通信システムのイメージ

通信エリアをつなぎ、シームレスを実現するための秘策

もう一つの研究では、大量のデータが送れる40GHzや60GHzという高い周波数帯を使う。ただ、周波数は高くなればなるほど直進性が強くなるので、広い領域がカバーできない。低い周波数であればおよそ2~5kmだが、高い周波数のミリ波などは数10mになる。列車の中やビルの中など、移動通信の用途を考えると、高い周波数帯だけでは実用化は不可能にみえる。

原田教授は、ミリ波のような高い周波数帯の通信エリアを100m単位に上げる技術を研究している。「原理は簡単。無線の中継局を10m単位で設置し、その間を光ケーブルで接続する。光は無線よりも速いので、同じ信号をコピーして、いくつもの中継局から同時に発信すると、仮想的に大きなエリアができる。ただ問題は、隣あう中継局で同じ信号が来ると、その境目部分では電波の干渉が起きること。それを取り除き、シームレスにつながる技術を確立すれば、理論上は車で走っても問題はない」と言う。

光回線は可とう性 (物体が柔軟で折り曲げることが可能な性質) があり、コストも低廉。実現すれば、高い周波数帯でも移動通信ができる。研究の課題は、電気信号を光信号に変調する、また光信号を電気信号に復調する際のノイズ対策や干渉を防ぐ技術を開発すること。こうした研究を重ねて、ギガビットの伝送を実現しようとしている。研究室では波形を作って計算機シミュレーションを行い、多重反射した場合の信号処理を検証している。さらに実機での評価も行う。すでに、デジタルの信号処理で、できるところはほぼやった。空いている周波数帯を探し出して埋め込む、干渉しても、多重反射があっても、信号処理技術で取り去る。「こうした技術の積み重ねが、大学でできる一番効果のある方法」と原田教授は語る。

単位は1億~10億、
モノとモノをつなぐネットワーク

原田教授の研究課題は、モノとモノをつなぎ、ビッグデータを処理する制御系ネットワークにも及ぶ。モノをつなぐシステムは長寿命、電池を交換しなくても10年程度は働くシステムを目指す。モノのネットワークは単位が1億、10億となり、数が多いので、コミュニティを作って通信を行う。そういう場合の信号処理、プロトコルの開発を行うのが大学の仕事だと原田教授。「仕事をしないときには電力を減らし、働くときに一気に出すというのはハードの仕事。かつ10年間も劣化せず、それを量産化するのはムラタのようなデバイスメーカーの仕事」と、役割分担を明確にする。

電力スマートメーターで実用化、
防災、工場、農業、医療などにも

次世代電力量計「スマートメーター」などへの採用が決まり、注目を集める次世代無線通信規格、「Wi-SUN® (ワイサン) 」。原田教授が副議長を務める米国IEEEの仕様に準拠、日本主導で規格の標準化が進められ、さらに国際アライアンス、Wi-SUN®アライアンスを立ち上げた。東京電力では、2020年までに管轄エリア内の全2700万戸への設置を予定。各電子機器のハブとの通信方式として用い、住宅内のエネルギーを管理する。他の電力会社での採用も決まり、およそ1億台が稼働することになっている。さらには、ガスメーターや水道メーターのスマート化への導入も予定されている。

他の分野では、斜面の崖崩れを感知するなど防災面での導入、工場を中心にインターネットを通じてあらゆるモノやサービスが連携する第4の産業革命「インダストリー4.0」での導入が予定されているほか、農業では北海道の摩周湖で温泉の熱を利用してハウス栽培されている高級マンゴーの管理などにも採用されている。今後は医療分野も視野に入れる。

原田教授は「これまで、センサネットワークといっても、数10から数100のものしかなかった。少なくともスマートメーターは数千万台に及ぶセンサネットワーク。いよいよ真のビッグデータを処理できる時代がやってきた。これからはAI (人工知能) とも合わせて、データを集める構図を作り出せば、新たなマーケットを創出することができると思う。それを、関係省庁とも連携して行うことが、大学の一つの役割だと思う」と語る。

ネット社会はまだ高校生程度、
将来の社会を担う人材を育てる

ネットワーク社会について造詣が深い原田教授は、現在の通信技術を人に例えると、まだ高校生くらいだという。人は生まれたときはただ泣くことしかできないように、第1世代は一方通行の発信 (放送) 、第2世代は幼稚園児~小学生で、何とか音声で会話ができる。第3世代は中学生、音声やデータを分けてコントロールしようとする。第4世代は高校生で、規則や規範に従い通信を行うようになる。第5世代は大学生、自分で選ぶべき周波数がわかり、自ら考え始める。大人になると「侘び寂び」が生まれる。礼儀も含めた社会的規範があり、他人を思いやる心、情けなどを自己判断する。SF映画の世界のようだが、想定される将来だという。

京都大学への赴任は2年前、ようやく自らが育てた卒業生が巣立つ。今後も、企業とのコラボレーションを進め、企業が求める研究者の育成に力を注ぐ。

Wi-SUN® (Wireless Smart Utility Network)

次世代電力量計「スマートメーター」などに採用されている次世代無線通信規格の一つ。日本主導で規格の標準化が進められている点に注目が集まっている。ここ数年、電気やガス、水道といったインフラの検針 (使用量の確認) に「スマート」を取り入れ、エネルギー効率を高めようという取り組みが進んでいる。Wi-SUN®はその有力な手段の一つ。規格は、日本の情報通信研究機構 (NICT) 、米Elster、Itron、Landis+Gyr、Silver Spring Networksなどが創設した業界団体「Wi-SUN®アライアンス」が標準化、普及促進活動を行っている。物理層の仕様は「IEEE 802.15.4g」として、米国電気電子学会 (IEEE) でも標準化された国際規格である。

Wi-SUN®アライアンスのロゴ

Wi-SUN®アライアンスのロゴ

Wi-SUN® (IEEE 802.15.4g) は、通信速度がそれほど速くないものの、強力な低消費電力が特徴。そのための工夫のひとつがマルチホッピング対応で、端末同士が通信を中継しあい、バケツリレーのようにデータを遠隔地まで届ける仕組みがある。Wi-SUN®では、端末同士の通信可能な距離は500m程度だが、何台もの端末で中継することで、数km、数10kmと離れた場所にある拠点まで、データを届けられる。2.4GHz帯や、サブGHz (ギガヘルツ) 帯と呼ばれる周波数帯などで利用でき、複数の変調方式が選べるのも特徴。日本では2012年、920MHz帯が割り当てられ、スマートメーターなどでも利用が可能になった。サブGHz帯は、無線LANなどで利用される2.4GHz帯と比べ、障害物などがあっても電波が届きやすく、他の機器などからの干渉も少ないというメリットがある。