EMI除去フィルタ(EMC・ノイズ対策)ノイズ対策 基礎講座【第1部】
第2章 電磁ノイズが発生するしくみ

左右にスワイプ可能です 横持ちでご覧ください
第2章

電磁ノイズが発生するしくみ


2-1. はじめに

第1章では、電磁ノイズによる障害の発生する仕組みと、ノイズ対策の概要を紹介しました。ノイズ対策は主にノイズの伝搬経路で行われ、代表的な手段にはシールドとフィルタがあります。これらの手段を効果的に使うには、電磁ノイズが発生し、伝搬する仕組みをより深く理解することが重要です。
第1章で述べたノイズの発生原理図を加害者側について詳しく見ると、図2-1-1(a)に示すように、ノイズの発生源と、伝達路、アンテナの3つの要素があるといわれています(ここではノイズ障害が最終的には電波になって伝搬することを想定して、アンテナを組み込んでいます)[参考文献 1]。また、ノイズの被害者となる場合も、図を左右反転させてノイズの発生源をノイズの受信部に置き換えると、図2-1-1(b)のように全く同様の模式図で表すことができます。すなわち、ノイズを発生する場合も、受信する場合も、同一のしくみで考えることができます。
そこで第2章から第5章では、ノイズ障害のしくみをより深く理解するために、ノイズが発生する側に議論を絞り、ノイズが発生するしくみ、伝わるしくみ、放射するしくみの基礎理論を紹介していきます。この中ではノイズを遮断するシールドや、グラウンドの接続についても簡単に紹介します。もうひとつの重要な要素であるフィルタについては、後の章で詳しく述べます。
まず第2章では、ノイズが発生するしくみを紹介します。


Three factors of EMC
【図2-1-1】EMCの3つの要素

2-2. ノイズの発生源

ノイズの原因となる電流が流れるには、ある回路の動作のために必要であっても他の回路では問題となる成分であったり、どちらの回路でも不要なのだけれどもやむを得ず発生するものであったり、どちらかというと不注意で発生するものなど、様々な事情があります。当然ながら、それぞれの事情に応じてノイズ対策を行う考え方は変わるのですが、どのような仕組みでノイズが発生するものなのかを把握しておくと、対処が楽になります。
ここでは代表的なノイズ源となる以下の3つの場合を例にとって、ノイズの発生の仕組みと、一般的な対処方法について紹介します。

  1. (i)信号
  2. (ii)電源
  3. (iii)サージ

2-2-1. 信号がノイズ源や被害者になる場合

ここでは主に情報を伝える線を信号線と呼ぶことにします。一般に、電気回路で情報を伝えるにはわずかながらでも電流が必要なのですが、電流は周囲に電磁界を作り、情報に応じて変化する電流は周囲に電波を放射しますので、ノイズの原因になります。
情報量が増えるにつれて信号線に流れる電流の周波数は高くなり、また、より多くの線を使う必要が出てきます。一般に、電流の周波数が高いほど、また数が多いほど、強い電波を放射しやすくなります。したがって、電子機器が高性能になり、扱う情報量が増えるほど、電子機器で使われる信号線は、ノイズ障害を発生しやすくなる傾向があるといえます。
情報を伝える電気回路は、アナログ回路とデジタル回路に大別することができ、それぞれアナログ信号、デジタル信号が使われています。以下にそれぞれの回路のノイズの観点からみた一般特性を述べます。

Analog signal and digital signal

【図2-2-1】アナログ信号とデジタル信号

(1) アナログ回路

アナログ回路をノイズ発生源の観点でみると、使う周波数が限定されていて、電流の流れを管理して設計されることが多いため、比較的ノイズの発生が少ない傾向があります。
それでもエネルギーの一部が外部に漏れると、ノイズ障害の原因となることがあります。例えば、テレビやラジオなどの受信機は、アンテナが受信する電波から目的の周波数を選り分けて増幅するために、チューナー部分に局部発信周波数という一定の周波数の信号を使いますが、これが外部に漏れると他の機器に障害を与えることがあります。そこで、そうならないようにチューナー部分をシールドしたり、配線にEMI除去フィルタを使ったりします。

Example of electronic tuner in which EMI suppression filters (feed-through capacitor) are used

【図2-2-2】EMI除去フィルタ(貫通コンデンサ)が使われた電子チューナの例

一方、アナログ回路をノイズの被害者の観点でみると、微弱な信号を扱う場合が多く、またわずかな変動でも情報に影響を受けるため、ノイズの被害者になりやすい傾向があります。例えば、音声増幅回路の初段(マイクからの入力など)にノイズが侵入すると、検波・増幅されて、スピーカでは大きな音が聞こえたりします。そこで、そうならないように、高感度な音声増幅回路はシールドしたり、配線にEMI除去フィルタを使ったりします。

Noise is likely to cause a problem at a specific frequency in analog circuit

【図2-2-3】アナログ回路は特定の周波数でノイズが問題になりやすい

Characteristics of analog circuit in terms of EMC
【図2-2-4】EMCからみたアナログ回路の特徴
(2) デジタル回路

デジタル回路をノイズ発生源の観点でみると、信号の0と1の間のレベルの遷移がごく短時間で行われ、この部分に極めて広い周波数成分が含まれるため、ノイズの加害者となりやすい側面があります。そこでノイズの放射を防ぐために、デジタル信号にはシールドやEMI除去フィルタが使われます。デジタル回路が発生するノイズは重要で、信号だけではなく電源も関係しますので、2-3節で詳しく説明することにします。
一方でデジタル回路をノイズの被害者の観点でみたときは、信号が0と1の2つの状態で表されており中間は存在しないので、比較的信号の振幅が大きく、また微弱な誘導であれば情報に影響を受けないため、ノイズの被害者となりにくいといえます。ただし、たとえ一瞬でも高レベルのノイズが混入すると、データが全く変わってしまいますので、静電気放電などのパルス状のノイズには弱い側面もあります。(なお、静電気放電はElectro Static Dischargeを略してESDと呼ばれます)

Digital circuit is less susceptible to noise but is more likely to emit noise

【図2-2-5】デジタル回路はノイズに強いがノイズを出しやすい

Characteristics of digital circuit in terms of EMC
【図2-2-6】EMCからみたデジタル信号の特徴

2-2-2. 電源がノイズ源になる場合

電源は本来、直流や商用周波数だけを提供する回路ですので、電磁ノイズの原因や経路にはなりにくいはずです。しかしながら、多くの場合、ノイズの原因や経路になっています。これは、

  1. (i)電圧では安定に見えても、電流をみると、電気回路を動作させるための高周波電流が大量に流れている場合がある
  2. (ii)電源線は回路に共通の配線なので、ノイズが流れると回路全体に悪影響を及ぼす
  3. (iii)特にグラウンドは機器全体で共用されることが多く、共通電位を提供するので分離することが難しい
  4. (iv)機器のエネルギーの源なので、ノイズのエネルギーも大きくなる

などが原因と考えられます。
電源がノイズの発生源となる代表例に、接点ノイズとスイッチング電源があります。
接点ノイズとは、2-2-3項の(2)で述べる開閉サージと同じ意味で、電源電流をスイッチで断続するとき(特に切るときに強い)に接点に発生するノイズをいいます。詳しくは2-2-3項で紹介します。非常に高電圧が発生し、一過性ですが高周波電流が流れ電波をふりまくので、回路を故障させたり、周囲の電子機器を誤動作させたりします。
スイッチング電源とは、半導体で電流を断続することで電圧や周波数の変換を行う回路のことで、この電流を断続する箇所で高周波エネルギーが発生するので、これが外部に漏れるとノイズ障害の原因になります。例えば、図2-2-7に示すチョッパー式DCDCコンバータでは、トランジスタで直流電流を断続させて出力電圧を作っていますが、この電流の断続に高周波エネルギーが含まれています。通常、このエネルギーのほとんどは入力コンデンサや出力平滑回路で吸収されますが、わずかでも漏れると、周囲の回路にとってはノイズ源となります。スイッチング電源のノイズを除去するには、入力コンデンサや出力平滑回路に追加してLCを使ったローパスフィルタが使われます(入力コンデンサや出力平滑回路を高性能化してノイズを抑制する場合もあります)。
ノイズを発生させるスイッチング電源には、DCDCコンバータの他に、モータを駆動するインバータなどもあります。


Mechanism of causing noise by DC-DC converter (Simplified model of chopper-type down converter)

【図2-2-7】DCDCコンバータでノイズが発生する仕組み
(チョッパー式ダウンコンバータを単純化したモデル)


一方で、電源をノイズの被害者の観点でみた場合は、比較的被害を受けにくい回路であるといえます。内部で使われるエネルギーが大きいため、多少の妨害では影響されないためです。
他方、電源はノイズの伝導経路となる場合があります。図2-2-8に示すように、電源線は電子機器同士が直接つながる導体ですので、重要なノイズの伝導経路の一つです。例えば電子機器がノイズの影響を受けるとき、また、電子機器からノイズが放出されるとき、AC電源ケーブルはノイズの出入り口になります。このため、多くの電子機器では電源線にEMI除去フィルタが使われます。図2-2-9にAC電源用EMI除去フィルタの構成の例を示します。
一般に電源に使われるEMI除去フィルタには、信号に比べて電流がケタ違いに大きいので、大きな電流の流せる部品が必要です。

Electronic devices are connected via AC power line

【図2-2-8】電子機器はAC電源線でつながっている

Configuration example of EMI suppression filter for AC power supply

【図2-2-9】AC電源用EMI除去フィルタの構成例

Characteristics of power supply circuit in terms of EMC
【図2-2-10】EMCからみた電源回路の特徴

2-2-3. サージによるノイズの発生

静電気の放電やスイッチの断続による、意図しない過渡的な電圧や電流はサージと呼ばれています。通常の回路動作とは桁違いに大きな電圧や電流を持ちますので、回路を誤動作させたり、破壊する原因となります。そこで、そのようなことの無いように、サージの侵入する配線にはサージ吸収部品が使われます。
代表的なサージには、静電気サージ、開閉サージ、雷サージなどがあります。サージはEMC対策の大きなカテゴリの一つです。以下に概要を紹介します。

(1) 静電気サージ

静電気サージは図2-2-11に示すように人体や機器の持つ数100pF程度の微小な浮遊静電容量に蓄えられた電荷が、電子機器や周囲の物体に放電されたときに発生する一過性のノイズです。エネルギーとしては小さいのですが、電圧が数kV以上と高く、瞬間的に大電流が流れるので、回路に直接加わると破壊を引き起こすことがあります。また、直接加わらなくとも、信号線が電磁誘導を受けたり、電源やグラウンドの電位が変動し、回路が誤動作する場合があります。
静電気サージを模擬する試験には、例えばIEC61000-4-2があります。詳しくはそちらをご参照ください。
静電気による障害を減らすには、図2-2-12に示すように

  1. (i)放電しないように絶縁体で覆う、もしくは反対に金属で囲ってそらす
  2. (ii)放電電流を回路に影響しない経路で逃がす(SG: 回路グラウンドに流れないように大地に逃がす)
  3. (iii)適切なサージ吸収部品を使う

などを行います。

Entry of electrostatic surge

【図2-2-11】静電気サージの侵入

Means to protect circuits from electrostatic surge
【図2-2-12】静電気サージから回路保護する手段
(2) 開閉サージ

リレーやスイッチの断続によって電流が急変する際(特に回路が切れるとき)、回路のもつインダクタンスにより接点に一過性の高電圧が誘導される現象を開閉サージとよびます。2-2-2項で紹介した接点ノイズは開閉サージが原因となるノイズです。
極めて高い電圧が発生するため、図2-2-13、図2-2-14に示すように火花となったり、接点の浮遊静電容量がインダクタンスと共振して強い減衰振動電流が流れ、周囲に電波を振りまきます。このため、回路を共用している他の電子機器を破壊したり、誤動作させる場合があります。この減衰振動電流には高周波成分を含みますので、ラジオやTVに受信障害を起こすこともあります。
減衰振動電流を発生させる共振はノイズ対策で重要な概念ですので、節を改めて詳しく説明することにします。
リレーやスイッチ以外でも、例えば直流モータから発生するノイズの多くは、整流子で電流が断続されることが原因ですので、開閉サージの一種だと考えることができます。
開閉サージによる障害を減らすには、一般的には図2-2-15に示すように、

  1. (i)接点部分にコンデンサやバリスタ、スナバなどのサージ吸収部品を使う
  2. (ii)電磁気的な影響を遮断するためにシールドする
  3. (iii)ノイズを伝える配線や、被害者となる回路にEMI除去フィルタを使う

などを行います。シールドやフィルタで効果を出すにはノイズの経路やアンテナになる部分を把握することが重要で、例えば図2-2-15でスイッチ部をシールドするだけでは、多くの場合、全く効果がありません(電波の多くはシールド外の配線をアンテナにして放射するため)。

Example of noise interference due to switching surge (when the power plug of an oven is pulled out, a spark comes out and a radio makes noise)
【図2-2-13】開閉サージによるノイズ障害の例

Mechanism of causing switching surge
【図2-2-14】開閉サージが発生する仕組み
Example of noise suppression for switching surge
【図2-2-15】開閉サージのノイズ対策例

(3) 雷サージ

雷は自然現象であり、極めて大きなエネルギーを持ちますので、直撃に対する保護は極めて困難です。電子機器では多くの場合、直撃ではなく、誘導雷に対する保護が行われています。
誘導雷とは、電子機器の付近に落雷があったときに、電源線や通信線などの比較的長い配線に高い電圧が誘導されることをいいます。誘導雷が発生する仕組みとしては、雷雲による電界により電線に電荷が誘導され、落雷によりこの電荷が開放されること、また、落雷電流による磁界が電線に誘導起電力を発生させることなどが考えられています。誘導雷は直撃雷ほどではありませんが、電子回路を破壊するには十分大きなエネルギーを持っていますので、保護が必要です。
誘導雷から保護するには、電源線や通信線が電子機器に出入りする部分に、バリスタなどのサージ吸収部品が使われます。

Surge can enter from power line or antenna line without direct lightning hit
【図2-2-16】雷が直撃しなくても、電源線やアンテナ線からサージが入る


「2-2. ノイズの発生源」のチェックポイント

ノイズの発生源や被害者の例として、以下の3点を紹介しました。一言でノイズ対策といいましても、ノイズを発生する仕組みや、相手にするノイズは全く違っていることがおわりいただけたと思います。ノイズ対策を能率よく行うには、障害の元となっているノイズを調べて、原因に応じた適切な手段を選ぶ必要があります。ノイズ源のうち、デジタル回路と共振現象は重要ですので、節を改めて詳しく紹介することにします。

  • 信号
  • 電源
  • サージ