EMI除去フィルタ(EMC・ノイズ対策)ノイズ対策 基礎講座【第1部】
第2章 電磁ノイズが発生するしくみ

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第2章

電磁ノイズが発生するしくみ

2-3. デジタル回路から発生するノイズ

デジタル回路は電子機器の設計を容易にするとともに、性能を飛躍的に高めることができるので、電子機器に広く採用されています。その一方で、比較的ノイズを発生させやすい側面があり、ノイズ規制により不要輻射の対策が必要となる代表的な回路でもあります。
デジタル回路を使った電子機器からは、例えば図2-3-1に示したようなノイズが放射されています。広い周波数範囲にわたって発生するのが特徴で、テレビやラジオなどの周波数に重なると、受信障害などを引き起こします。ここではデジタル回路からこのようなノイズが発生する仕組みを説明します。

Digital circuits are used in various electronic devices and become causes of noise

【図2-3-1】デジタル回路は様々な電子機器で使われてノイズの原因になっている

2-3-1. 信号周波数とノイズの関係

デジタル回路では、図2-3-2に示すように、信号レベルをHighとLowに切り替えることにより情報を伝え、回路を動作させています。この信号レベルが切り替わる瞬間に信号線に高周波電流が流れます。また、このとき信号線だけではなく電源やグラウンドにも電流が流れます。デジタル回路で使われるこれらの高周波電流が、ノイズの原因になると考えることができます。これらの電流については、2-3-2項以降で詳しく述べます。

Example of digital signal (4MHz clock pulse)

【図2-3-2】デジタル信号の例(4MHzのクロックパルス)


デジタル回路が発生するノイズを、信号周波数を変えて測定した例を図2-3-3、図2-3-4に示します。図では、デジタル回路の例としてクロック発振器を取り上げ、これから発生したノイズを電波暗室という測定場の中で3mの距離に置いたアンテナで測定しています。クロック発振器の信号周波数を4MHz、20MHz、66MHzと変えるにつれて、ノイズの測定される周波数の間隔やレベルが変わっていることがわかります。このようにクロック信号では離散的な周波数でノイズが観測されますが、これらは信号の高調波と呼ばれる成分です。高調波については後の節で詳しく説明します。
なお、図2-3-4のノイズの測定結果で、Hと記載している線は水平偏波の電波の測定結果を、Vと記載している線は垂直偏波での結果を表しています。本書では、特に断りのない限り、以降の図でも同様です。


Measurement configuration

【図2-3-3】測定配置

Example of noise emitted from digital circuit

【図2-3-4】デジタル回路から放射されるノイズの例

2-3-2. なぜデジタル回路はノイズを出すのか

ここではデジタル回路で発生するノイズを説明するために、回路をごく単純化して、2つのICの間に一本の信号線がある場合を例にとります。
図2-3-5に示すように、2つのデジタルICを接続して、1本の信号線で情報を送る場合を考えます。このとき2つのICの間に流れる電流は、図2-3-6に示すように単純化することができます。[参考文献 4]
図2-3-5、図2-3-6では、左側のドライバから、右側のレシーバに1本の信号を伝えています。信号電圧の変更は、ドライバの中で信号線がつながったスイッチ(トランジスタで構成されています)が、電源側もしくはグラウンド側に接続されることで行われると考えることができます。ドライバ側のスイッチが切り替わると、レシーバ側では入力端子のゲート容量(数pFの微小な静電容量です)が充電されたり、放電されたりします。この容量の充放電によりドライバ出力の信号電圧が変わり、ドライバからレシーバに情報が伝わると考えることができます。
スイッチが切り替わる瞬間の電流の流れと電圧の動きの模式図を図2-3-7に示します。図2-3-7では、ドライバICの出力抵抗(R)を含めてモデル化しています。信号レベルが切り替わる速度は、この出力抵抗やゲート容量により変わることになります。なお、このモデルは回路の動きを表すために極端に単純化しており、ノイズの説明には不十分です。より現実に近いモデルは後述します。
このときに2つのICの間で流れる電流は、ゲート容量の充電側では図2-3-6の橙色の経路を通って、放電側では図の青色の経路を通って流れます。デジタル回路からノイズが発生するのは、この電流が元になっていると考えることができます。


Example of wiring to connect digital circuits
【図2-3-5】デジタル回路を接続する配線の例
Operation model of digital circuit

【図2-3-6】デジタル回路の動作モデル

Flow of electric current when the signal level changes

【図2-3-7】信号レベルが変わるときの電流の動き


このときの電流は、ゲート容量(コンデンサ)の充電と放電ですので、図2-3-8(b)に示すように、信号が切り替わる瞬間にスパイク状に流れます。この波形には様々な周波数が含まれていますので、配線をアンテナとして放射し、ノイズ障害の原因になります。また、このような電流の急激な変化は、回路の持つ寄生インダクタンスに応じて、誘導電圧を発生させます。この電圧もノイズの原因になります。
これらのノイズの大元は、ドライバの中のスイッチの切り替えにありますので、図2-3-5のモデルの中で、ノイズ源はドライバにあるといえます。


Image of electric current flowing in wiring

【図2-3-8】配線に流れる電流のイメージ

2-3-3. 貫通電流

図2-3-6にはもう一つ緑色の電流が書かれています。貫通電流と呼ばれる電流で、この電流もノイズの原因となります。
C-MOSデジタルICではドライバの中のスイッチが切り替わるときに、一瞬だけ電源とグラウンドがつながる瞬間があり、図2-3-8(b)の(3)に示すように、スパイク状に電流が流れる場合があります。この電流が貫通電流と呼ばれます。この電流は信号線には電流が流れないのですが、電源やグラウンドには鋭く変化する電流として流れますので、電源やグラウンドにノイズが発生する原因となります。図2-3-8ではドライバの中のスイッチを上下に通り抜ける電流として、記述しています。
この貫通電流は、信号電流とは違い、信号の立ち上がりと立下りの双方で同じ向きに発生します。したがって周波数でみると、信号の繰り返し周波数の2倍の周波数を持っているといえます。この性質を把握しておくと、発生しているノイズの周波数から、ノイズ源や経路を切り分けるときに役立つことがあります。
後に述べますが、ノイズの原因となる高調波と呼ばれる成分は、繰り返し周波数の整数倍で発生します。貫通電流から発生するノイズは、信号の2倍の整数倍、すなわち、信号の偶数次の高調波に重なる周波数で表れる傾向があります。したがって、偶数次の高調波が問題となるときは、信号だけではなく、電源が原因である可能性があるわけです。
なお、図2-3-6ではモデルを単純化するために、ゲート容量が信号線とグラウンドの間にあるとして記載していますが、現実には信号線から電源に対してもゲート容量は存在しますので、電流経路は電源側、グラウンド側の双方にできることになります。


2-3-4. デカップリングコンデンサ

図2-3-6で示した電流の経路には信号線だけではなく、電源やグラウンドが含まれています。すなわち信号を伝えるには信号線をつなぐだけでは不十分で、必ず電源やグラウンドに接続されている必要があります。
また、図2-3-6の左側には「デカップリングコンデンサ」が記載されています。これは電源とグラウンドの間をつなぐ一種のバイパスコンデンサで、ICの電源電圧の安定や、電源電流の瞬間的な供給のために使われるコンデンサですが、図2-3-6の場合は信号を伝えるための電流経路の一部を担っているともいえます。デカップリングコンデンサの働きは、3-1節で詳しく説明します。


Hard-working digital ICs are always attached with a decoupling capacitor on its side

【図2-3-9】がんばりもののデジタルICの側には必ずデカップリングコンデンサがついている


もしこのコンデンサが無い場合の電流の経路を考えてみましょう。図2-3-10に示すように電源やグラウンドを流れる電流はICから遠く離れた電源を経由して流れることになり、大きなインダクタンスを持ちますので、正常に流れなくなります(このため信号のパルス波形が変形したり、ICの動作速度が遅くなったりします)。また、ノイズの原因となる電流が広範囲の回路に流れるため、ノイズの発生が多くなります。
したがって、デジタルICにとってデカップリングコンデンサは、電源電圧の安定化(電源品位: Power Integrity(PI)と呼びます)と同時に、信号を正しく伝える(信号品位: Singal Integrity(SI)と呼びます)上でも、電磁ノイズ(EMI)を抑える上でも、重要な部品であるといえます。EMIを抑制する観点でみたときのデカップリングコンデンサの働きは、図2-3-10に示すように、電源やグラウンドに流れるノイズを含んだ高周波電流を、ICの周辺に閉じ込めているというふうに表わすことができます。


Difference in current pathway depending on the presence of decoupling capacitor

【図2-3-10】デカップリングコンデンサ有無による電流経路の違い


デカップリングコンデンサを経由した電流経路のループが小さくなるほど、ノイズの発生量は少なく、また、信号品位を上げることができます。このため、デカップリングコンデンサはできるだけICの近くに配置します。デカップリングコンデンサの使い方については、3-1節で詳しく紹介します。


2-3-5. コモンモードノイズの誘導

図2-3-6で示した信号の電流は、そのままでも電流ループをつくっていて、図2-3-11に示すようにこのループをアンテナとして電波を放射します。これを、ノーマルモード電流によるノイズの放射と呼ぶことにします。(この例ではノイズ放射の仕組みを単純に示すためにループアンテナでモデル化しています。現実の電子機器はより複雑な形状となっており、ループアンテナだけでは表現できません。)


Noise emission by normal mode current

【図2-3-11】ノーマルモード電流によるノイズの放射


現実の電子機器では図2-3-11に示したノーマルモード以外のノイズも放射しています。図2-3-6に示したように電流は信号線だけではなくグラウンドや電源線にも流れています。この電流が原因で、図2-3-12のように、コモンモードノイズと呼ばれる、より影響の大きなノイズが発生する場合があります。コモンモードノイズが発生するしくみについては、5-3節で詳しく紹介します。


Induction of common mode noise

【図2-3-12】コモンモードノイズの誘導


コモンモードノイズは、グラウンドだけではなく、電源や信号線にも表れます。コモンモードノイズが発生すると、グラウンドはプリント基板全体に広がっているため、基板自体をアンテナとして放射したり、基板につながる各種のケーブル類をアンテナとして放射したりします。これらはアンテナとなる導体のサイズが信号線に比べると格段に大きいため、電圧としてはわずかであっても、ノイズを強く放射します。
図2-3-13に、コモンモードノイズを含めた電子機器からの放射の概念図を示します。信号電流が元で放射する部分は、①のノーマルモードによる放射で、アンテナが小さいのでノイズの放射は比較的小さく収まります。ところがこの電流によりコモンモードノイズが誘導されると、②の基板全体がアンテナになったり、③のケーブルがアンテナになったりして、より強いノイズが放射されるようになります。
コモンモードノイズは放射されやすいだけではなく、グラウンドや電源を通じて伝わるため、いったん発生すると伝搬を止めることが困難です。例えば図2-3-13でケーブルはインタフェースICに接続されていますが、コモンモードノイズはこのICの電源やグラウンドを経由してケーブルに伝わっていきます。
効率よくノイズ対策を行うには、コモンモードノイズを発生させないことが重要です。このためにはコモンモードノイズが発生しにくいようにグラウンドのインピーダンスを下げたり(グラウンドを強化するといいます)、信号線にEMI除去フィルタなどを用いることで、大元の電流が流れないようにします。


Induction and emission of common mode noise

【図2-3-13】コモンモードノイズの誘導と放射

2-3-6. 信号の高調波

以上のように、デジタル回路では信号を伝える電流自体がノイズの原因になるといえます。図2-3-14に、20MHzのクロック信号がノイズに変化する過程を測定した例を示します。
デジタル信号の電圧波形は、図2-3-14(a)に示したように単純な矩形波なのですが、これを周波数でみると、図2-3-14(b)に示したように、広い周波数にわたって離散的に分布するスペクトラムに分解することができます。この成分は高調波と呼ばれます。この高調波のエネルギーの一部が放射すると、図2-3-14の(c)に示したように、ノイズとして観測され、ノイズ障害を引き起こします。
ノイズが放射するには2-1節で述べたように伝達路とアンテナが必要です。デジタル回路を使った電子機器ではIC同士をつなぐ配線や基板、ケーブル、金属筺体などが、この伝達路やアンテナとなります。一般に周波数が高くなるほど、電波として放射されやすくなりますので、信号を直接測定した図2-3-14(b)よりも、放射したノイズを測定した図2-3-14(c)の方が、高周波(数100MHz以上)のノイズが強調されて観測される傾向があります。
ノイズを効率よく抑制するには、元の信号に含まれる高調波(図2-3-14(b)の部分)の性質を理解することが重要です。次節ではこの高調波の性質の説明をします。


Process of digital signal turning into noise

【図2-3-14】デジタル信号がノイズに変化するプロセス


「2-3. デジタル回路から発生するノイズ」のチェックポイント

  • デジタル回路を動作させる電流には高周波が含まれていて、これ自体がノイズの源になる
  • ノイズの電流は信号線だけではなく、電源やグラウンドにも流れていて、コモンモードノイズを引き起こす
  • ノイズは信号線だけではなく、プリント板やケーブルなど様々な個所をアンテナとして放射する
  • デジタル回路の発生するノイズは、動作周波数の整数倍となる。高調波と呼ばれる