3-1. はじめに
最近のノートPCはすっきりスリムになりました。1990年代は、とても大きなお弁当箱のようで、大きくて重かったのが嘘のようです。インタフェース部も大型で、マウスやプリンターなどいろいろな種類の専用コネクタが装着されていました。それが汎用インタフェースになり、とっても小型化されました。
コネクタの小型化は、信号の高速化による信号線の本数の削減で実現されています。しかしながら、単純に信号周波数を早くすると、EMIノイズが強くなる問題が発生します。この解決には、差動伝送の採用が大きく寄与しています。今回はこの差動伝送の特徴とそのノイズ対策について説明します。
3-2. 差動伝送のノイズ対策
差動伝送に限らず、ケーブルが接続されると、そのケーブルからノイズが放射しやすくなります。
3-2-1. 差動伝送とは
差動伝送は、基本的には2本の信号線を一対の伝送線路として用いる方法で、図2-1に示したように、互いに逆向きに電流を流します。そのため、磁束が、図2-2(a)に示したように、打ち消されるので、EMIノイズが低減されます。
また、差動伝送は信号線間の電位差でロジックを判断します。そのため、図2-2(b)に示したように、外部から印加されたノイズはキャンセルされるので、信号振幅を小さくしても誤動作しにくいという特徴もあります。振幅を小さくすると、ノイズをより低減できるだけでなく、信号の高速化にも有利となります。
3-2-2. コモンモードノイズの対策
信号によるノイズは低いという特徴のある差動伝送ですが、それでもケーブルからのノイズ放射が問題となります。その大きな原因は、電子回路内で発生したコモンモードノイズです。これは図2-3に示したように、全ての導体を同じ向きに流れるノイズです。例えば、ケーブルに伝導した場合、このコモンモードノイズによる電流は磁束が打ち消されることがないので、信号線やシールドから放射雑音が強く発生します。
コモンモードノイズを対策するには、信号ラインへのフェライトビーズ取り付けによるノイズ電流抑制や、電源ラインへのバイパスコンデンサ取り付けによるリップルノイズを抑制などにより、ノイズ源でのコモンモードノイズの発生を低減します。また、基板と筐体などの金属を接続するグラウンド(GND)強化でGNDを伝導するコモンモードノイズを低減します。
しかしながら、IC内部などで発生したコモンモードノイズがケーブルの差動伝送線路に伝導した場合、ケーブル接続部にフィルタを取り付ける対策も必要となります。このフィルタとしては、信号に影響を与えず、コモンモードノイズを低減できるコモンモードチョークコイルを使用します。図2-4は、USB3.1 gen2にコモンモードチョークコイルを取り付け、信号基本周波数5GHzの2次高調波である10GHzの放射雑音を低減した例です。
コモンモードチョークコイルが信号に影響を与えず、コモンモードノイズを対策できる理由は、コモンモードチョークコイル内に発生する磁束の向きにより理解できます。図2-5に示したように、信号電流による磁束はキャンセルされ、インピーダンスが発生しませんので、信号波形に影響を与えません。一方、コモンモードノイズによる磁束は足し合わされ、インピーダンスが発生するので、コモンモードノイズを低減します。
以上の理由により、コモンモードチョークコイルは、差動伝送に適したフィルタとなっています。
3-2-3. スキューによるノイズの対策
ここまで、差動伝送の波形は理想的であると考えて話を進めました、しかし、現実には、図2-6に示したように信号波形の立ち上がり/立ち下がりがずれる、いわゆるスキューが発生する場合があります。
スキューが発生するということは、信号のD+とD-が対称でなくなります。これは、2本の信号線を流れる電流も対称でなくなり、磁束がうまく打ち消されず、ノイズ問題が発生することを意味します。信号波形のD+とD-の合成和が0でなくなり、波形のリンギングによる信号歪も大きくなります。
このような問題を引き起こすスキューを低減する方法としても、コモンモードチョークコイルが有効です。図2-7にコモンモードチョークコイルを取り付け、スキューを改善した例を示します。
コモンモードチョークコイルは、その構造がトランスと同じなので、図2-8に示したように起電力により、信号線間の電流を平衡にし、スキューを改善します。ただし、波形の立ち上がり/立ち下がり時間は改善されないので、この点はご注意ください。
3-3. コモンモードチョークコイルに求められる性能
ここまで、差動伝送のノイズ対策について紹介しました。理想的なコモンモードチョークコイルは信号波形に影響を与えずコモンモードノイズだけを除去しますが、現実の部品は、残念ながらそうではありません。そのため、コモンモードチョークコイルの信号波形に与える影響や、コモンモードノイズの抑制効果を確認する必要があります。そのため、コモンモードチョークコイルの特性の表し方や、その特性が与える影響を紹介します。
3-3-1. 部品の電気的特性の表し方
電子部品の特性を表すのに、一般的にはSパラメータが使用されます。Sパラメータは、回路に信号を入出力する端子対(ポート)間の信号の関係を表します。図3-1は信号端子が2個ある部品のSパラメータの測定法です。例えば、ポート1に信号を入力したとき、ポート2に出力される信号の大きさの比と位相差はS21で表されます。損失がある場合、S21の極性はマイナスとなります。一方、挿入損失はプラスの時に損失があることを意味します。S21は挿入損失に相当しますが、極性は逆である点に注意してください。S11は、ポート1に信号を入力したとき、ポート1に出力される信号を表しますので、反射係数に相当します。
コモンモードチョークコイルは4端子ありますので、Sパラメータで表す場合は図3-2に示したように、4ポートのSパラメータを使用します。
さて、この4ポートのSパラメータでは、図3-3に示したような信号端子間に同相で信号を入力したコモンモードの伝送特性や、逆相で入力したときのデファレンシャルモードの伝送特性がわかりにくい問題があります。そのため、これらを示すのに、ミックスドモードSパラメータ(注1)が利用されます。
(注1)参考文献: David E.Bockelman, William R.Eisenstadt, "Combined Differential and Common-Mode Scattering Parameters: Theory and Simulation", IEEE Tarns. MTT, vol.43, No.7, pp.1530-1539, 1995 July
このミックスドモードSパラメータの表記の仕方を図3-4に示します。例えば、Scc21は、ポート1にコモンモード信号波を入力したとき、ポート2に出力されるコモンモード信号波の比を表します。信号が減衰する場合は極性がマイナスとなります。そのため、極性を逆にしたものが挿入損失となります。
Sdd21は、ポート1にデファレンシャルモード信号波を入力したとき、ポート2に出力されるデファレンシャルモード信号波の比を表します。つまり、Sdd21は、デファレンシャルモードの挿入損失に対応します。
3-3-2. コモンモードチョークコイルの選択法
ここからは、実際のコモンモードチョークコイルの特性を示しながら、部品選定の注意点を紹介します。
図3-5に2種類のコモンモードチョークコイルの特性を示しました。
コモンモードの挿入損失特性(Scc21が相当)が、コモンモードチョークコイルAは1GHzが優れており、コモンモードチョークコイルBは5GHzが優れていることがわかります。コモンモードチョークコイルにより挿入損失が異なりますので、問題となるノイズの周波数により使いわけます。
部品選定の際には、信号波形にも注意が必要です。デファレンシャルモードの挿入損失(Sdd21が相当)が大きいと波形歪が大きくなります。そのため、波形歪が問題ない範囲のものを選択する必要があります。
信号波形は、一般的にアイパターンで評価されます。その例を、図3-6に示します。青がアイパターンで、信号波形を重ね書きしたものです。この形が目に似ていることから、アイパターンと呼ばれます。赤い領域は、アイパターンが存在してはいけない領域で、マスクと呼ばれます。アイパターンがマスクと重ならないように、デファレンシャルモードの挿入損失が小さいコモンモードチョークコイルを選択します。
コモンモードチョークコイルは、このデファレンシャルモードの挿入損失が小さくなるように、線間の特性インピーダンスを伝送線路に合わせています。差動伝送の信号線間のインピーダンスは、基本的には図3-7に示したように、100ohmと規定されています。そのため、信号線間の特性インピーダンスも100ohmとする必要があり、コモンモードチョークコイルもそれを合わせています。なお、規格によっては、線間のインピーダンスと90ohmと規定されていている場合もありますので、線間の特性インピーダンスが90ohmのコモンモードチョークコイルもあります。
ここまで差動伝送におけるコモンモードチョークコイルの使い方を説明しましたが、規格によっては、信号の一部にシングルエンド伝送が含まれる場合もあります。この場合、コモンモードチョークコイルのコモンモードインピーダンスが大きすぎると波形歪が大きくなる可能性があるので注意が必要です。
3-4. プリント基板のGNDが差動伝送のノイズに与える影響
ノイズに関する観点で、プリント基板のGND設計についても少し触れておきたいと思います。差動伝送の基本的な考え方は、2本の信号線を一対の伝送線路として用い、互いに逆向きに電流を流します。
そのため、差動伝送線路を構築した場合、リターン電流経路として、GNDは関係ないとの考えが働くかもしれませんが、実際は影響を受けます。現実的な線幅で基板設計すると、信号線間の距離よりも、信号線とGND間の距離(層間距離)の方が短くなります。この理由により、信号線間よりも、信号線とGND間の結合の方が強くなるためです。
GNDの影響を示すために、GNDにスリットを設けた時の近傍磁界のシミュレーション結果を図4-1に示します。GNDスリットを入れると近傍磁界が強くなることがわかります。このように、GND設計もノイズに影響を与えるので注意が必要です。例えば、静電気対策のためのGND分離が、ノイズを増大させることにつながります。
3-5. まとめ
高速信号伝送に適した差動伝送のノイズ対策について紹介しました。ノイズ対策の内容をまとめると以下のようになります。
① 差動伝送線路へのフィルタ取り付け
差動伝送のノイズ対策では、コモンモードチョークコイルにより、コモンモードノイズや、信号波形のスキューによるノイズを低減します。コモンモードチョークコイルは、ノイズ帯域でコモンモードの挿入損失が大きく、波形歪を抑えるためにデファレンシャルモードの挿入損失が小さいものを選択します。
② 回路上のノイズ源での対策
信号ラインへのフェライトビーズ取り付けによるノイズ電流を抑制や、電源ラインへのバイパスコンデンサ取り付けによるリップルノイズ抑制などにより、ノイズ源でのコモンモードノイズの発生を低減します。
③ GND強化
基板やコネクタのGND金属板やシールドケースと接続するGND強化により、GNDのノイズレベルを低減します。
以上、差動伝送のノイズ対策について紹介しました。