電源系インダクタパワーインダクタ基礎講座-第3章

第3章 DC-DCコンバータの重要特性とは

第2章では、DC-DCコンバータの分類や動作原理について説明しました。しかし、これだけではパワーインダクタの必要特性を明らかにすることはできません。必要特性との関連性を明らかにするためには、DC-DCコンバータに求められる重要特性を考える必要があります。

3.1 DC-DCコンバータの重要特性

DC-DCコンバータには様々な特性が求められますが、その中でもパワーインダクタの性能が強く影響するものとして、以下の3つの重要な特性があります。

①効率、②リップル電圧、③負荷応答です。

これらの特性の詳細と、パワーインダクタとの関係について説明します。

図3-1 DC-DCコンバータの重要特性

3.2 効率

ひとつ目は電力効率についてです。損失のない理想的なDC-DCコンバータでは、入力電力と出力電力は等しくなります。このときの効率は100%となります。しかし、実際のDC-DCコンバータでは、PDC-DCの分だけ電力を消費するので、出力電力は入力電力より小さくなります。効率は次式で表されます。PDC-DCが小さいほど効率は向上します。
なお、本章で説明する「効率」というのは、パワーインダクタだけの効率ではなく、DC-DCコンバータ全体の効率を意味します。

図3-2-1 DC-DCコンバータの消費電力

図3-2-2は効率を測定した結果の一例です。負荷に流れる電流(Iout)は、アプリケーションによって様々に変化するため、X軸に用いられる場合が多いです。

図3-2-2 DC-DCコンバータの効率事例

DC-DCコンバータで消費される電力PDC-DCは、大きくPIC、PPI、Potherに分けられます。PICはICで発生する損失で、スイッチングロスやON抵抗による損失などが含まれます。PPIはインダクタで発生する損失です。PotherはコンデンサのESRによる損失などその他のものです。
動作条件やICの性能にもよりますが、PPIは全体の消費電力PDC-DCのおよそ50%近くを占める場合もあります。そのため、パワーインダクタの効率への影響は大きく、低損失の特性が求められます。

図3-2-3 消費電力の内訳

インダクタロスPPIは次式のように、DCロスとACロスに分けて表示できます。DCロスは直流電流により発生する損失を示しており、ACロスは交流電流によるものを示しています。DCロスは直流電流による巻線の導体損失を示すものですので、Rdc(直流抵抗)に比例します。一方、ACロスはRac(交流抵抗)に比例しますが、これは交流電流による巻線の導体損失に加えて、鉄損と呼ばれるコア材のロスを含みます。また、高周波になると表皮効果により導体損失も大きくなる傾向があります。ここでのRacは次式のように定義しています。Rac1は、表皮効果により増大する導体抵抗成分であり、Rac2はコア材による抵抗成分を示しています。

図3-2-4 インダクタロスの内訳

図3-2-5は、負荷電流に対するACロスとDCロスのイメージ図です。インダクタに流れる電流のAC成分は、入出力電圧や周波数によって決定されます。そのため、ACロスの大きさは負荷電流が変化しても大きく変わりません。一方、DCロスは、負荷電流の2乗に比例して発生します。低負荷のときは電流が小さいのでDCロスは小さいですが、負荷電流が増加するとDCロスも大幅に増加します。そのため、低負荷領域ではACロス、高負荷領域ではDCロスが支配的になります。

図3-2-5 低負荷・高負荷で支配的な損失

それでは、パワーインダクタのインダクタンス、Rdc、Racが変化した時に、効率にどのような影響を与えるのか、シミュレーションによって検証していきます。シミュレーション条件は、モバイル機器に用いられる降圧コンバータを想定して設定しています。

  • シミュレータ : LTSPICE
  • DC-DCコンバータ : Linear Tech LTC3612
  • 動作周波数 : 4MHz
  • 入力電圧 : 3.6V
  • 出力電圧 : 1.8V
  • 出力電流Iout : 10m~3A

図3-2-6 シミュレーションによる効率評価

図3-2-7は、Rdcを0.01から2.0Ωまで変化させたときの効率の結果です。低負荷時はIdcが小さいのでRdcが変化してもほとんど効率は変わりません。しかし、高負荷時はIdcが大きいので、Rdcの変化が効率に大きな影響を与えます。

図3-2-7 Rdcによる効率への影響

次に、Racを0.1から10Ωまで変化させたときの効率の結果を示します。RacはACロスの大きさに影響するため、ACロスが支配的となる低負荷時には効率に大きな影響を与えます。しかし、高負荷時はIdcの増加によりDCロスが支配的となるため、Racが変化しても効率はほとんど変わりません。

図3-2-8 Racによる効率への影響

最後に、インダクタンスを0.22µHから2µHまで変化させたときの効率の結果を示します。インダクタンスはRacと同じくACロスの大きさに影響します。そのため、低負荷時は効率に大きく影響しますが、高負荷時はほとんど影響しません。

図3-2-9 インダクタンスによる効率への影響

インダクタンスが効率に影響する理由は、インダクタに流れる電流のAC成分はインダクタンスによって決まっているからです。三角波電流の傾きはインダクタンスの逆数に比例します。したがって、インダクタンスが大きいと、電流振幅が小さくなりACロスが減少します。

図3-2-10 インダクタンスが効率に影響する理由

以上よりインダクタロスを抑えるためには、低負荷時は低Racで高インダクタンスであること、高負荷時は低Rdcであることが重要な特性となります。

図3-2-11 高効率化に求められるインダクタ特性

3.3 リップル電圧

ふたつ目はリップル電圧についてです。リップル電圧とは出力電圧に含まれる微小な電圧変動成分です。これらの電圧変動はスイッチング周波数に同期して発生するものです。リップル電圧は理想的にはゼロであることが望ましいです。もし、リップル電圧が大きく変動し、負荷側のシステムの最低動作電圧よりも低くなってしまうと、システムの動作異常を引き起こすためです。近年はDC-DCコンバータの低電圧・大電流化が進んでいるため、より一層の安定した電圧供給が求められます。

図3-3-1 リップル電圧とは

効率のときと同様に、インダクタンスの変化がリップル電圧に与える影響を調査します。

  • シミュレータ : LTSPICE
  • DC-DCコンバータ : Switch model
  • 動作周波数 : 4MHz
  • 入力電圧 : 3.6V
  • 出力電圧:1.8V
  • 出力電流Iout : 2A
  • インダクタンス : 0.47/1.0/2.2µH

図3-3-2 シミュレーションによるリップル電圧評価

図3-3-3より、インダクタンスが高いとリップル電圧がよく抑制されていることが分かります。2章で示したように、インダクタンスが高いとインダクタに流れるリップル電流が小さく抑えられるため、出力のリップル電圧も小さくなります。注意しなければいけないのは、インダクタンスは直流重畳特性によって低下することです。直流重畳特性の悪い部品を用いると、インダクタンスが低下してリップル電圧が増加してしまいます。そのため、当然のことながら、Isatは負荷電流より大きいものを選定する必要があります。

図3-3-3 リップル電圧とインダクタンス

3.4 負荷応答

重要特性の最後は負荷応答です。DC-DCコンバータは一定の出力電圧を供給するものですが、このとき負荷に流れる電流は、アプリケーションによってタイムリーに変化します。急速な電流変化が起きたときに、出力電圧は一時的に上昇したり下降したりします。この電圧変動は、インダクタンスに比例して発生するため、パワーインダクタの性能が大きく影響します。この電圧変動や設定電圧に戻るまでの時間のことを負荷応答特性と呼び、電圧変動量が小さく短時間で設定電圧に戻る方が負荷応答特性がよいといえます。前述のリップル電圧と同様に、安定した電圧供給が求められるDC-DCコンバータにおいて重要な特性となります。

図3-4-1 負荷応答とは

ここでは、DC-DCコンバータの評価ボードを用いて、インダクタンス別の負荷応答特性を評価します。

  • DC-DCコンバータ : TPS62660/TI
  • 動作周波数 : 6MHz
  • 入力電圧 : 3.6V
  • 出力電圧 : 1.8V
  • 出力電流Iout : 0A→0.35Aに変化
  • インダクタンス : 0.47/1.0/2.2µH
    (LQM2HP-G0シリーズを使用)

図3-4-2 評価ボードによる負荷応答特性評価

測定結果より、負荷電流が増減した時に出力電圧が変動していることが分かります。また、負荷応答特性はパワーインダクタのインダクタンスによって生じるため、低インダクタンスの方が出力電圧の変動が小さくなり、負荷応答特性がよい結果となります。

図3-4-3 負荷応答とインダクタンス

3.5 パワーインダクタとの関係性

3.1~3.4より、DC-DCコンバータの重要特性である「効率」、「リップル電圧」、「負荷応答」に対して、パワーインダクタにはどのような特性が求められるのかを明らかにすることができました。しかし、インダクタンスの高い部品を用いれば、効率やリップル電圧は改善する方向ですが負荷応答は悪くなります。また、インダクタンスが高くなるとRdcやRacも増加するという問題もあります。このように、パワーインダクタの各種特性はトレードオフの関係にあるので、個々の動作条件や要望に合わせてバランスよくパワーインダクタを選定する必要があります。
パワーインダクタの選定を手助けするツールとして、ムラタでは「DC-DCコンバータ設計支援ツール」 別ウィンドウで開く をweb公開しております。このツールを利用することで、本章で説明したDC-DCコンバータの重要特性を考慮した選定が可能です。第4章では、本ツールのご説明とパワーインダクタの選定事例についてご紹介します。

図3-5 パワーインダクタの必要特性まとめ
Rdc Rac L
効率 (低負荷時) - 小さい方がよい 大きい方がよい
効率 (高負荷時) 小さい方がよい - -
リップル電圧 - - 大きい方がよい
負荷応答 - - 小さい方がよい