Murata value report(統合報告書)

トップメッセージ

Innovator in Electronicsとして
エレクトロニクス業界で
存在感を発揮し続ける
Global No.1部品メーカーへ

代表取締役社長
中島 規巨

※掲載している内容は2023年9月29日時点のものです

厳しい事業環境だが、次の成長に向けて準備

 まずは、2022年度の経営成績について振り返ります。過去最高の財務成績となった前年度に対して減収減益となり、当社が重要指標としているROIC(税引前)も低下しました。海外売上高比率が高く、外貨建て取引が多い当社にとっては、為替相場が前期比20円強の円安水準であったことは増益要因となりましたが、スマートフォンやPCといった民生市場向けの部品需要の弱さを背景に当社の売上数量が落ち込んだことや、それにともなう操業度損の発生が主な減益要因となりました。
 また、2023年度についても民生市場向けの需要回復の弱さや需給の緩みにともなう値下げ圧力の高まりにより、2期連続で厳しい事業環境となる見通しです。特にスマートフォン市場においては、さらなる人口増加が見込まれるインドや東南アジア、アフリカでは需要が拡大すると見ていますが、使用される通信技術がマチュアな(成熟した)ものになると、コモディティ化が進行するリスクがあります。当社の製品は、主力の積層セラミックコンデンサを中心にシェアの高い製品群を多く有していますが、現在先行しているカッティングエッジ(最先端)の技術領域で負けないことはもちろん、これらの環境変化に対する事業戦略上の対応も急務と考えています。
 一方、モビリティ市場においては、自動車の電動化・電装化の進展は不変であり、今後も電子部品の需要は着実に伸びていくと見ています。民生市場向け以上に高品質・高信頼品が求められることや製品のサイズが大きく当社の生産工程における負荷が大きいこともあり、今後の需要拡大に対応した生産能力増強が必要です。
 当社が立地するエレクトロニクス業界は、回復・拡大・後退・悪化といった循環的な景気変動を有すると言われています。それをムラタの歴史に当てはめてみると、私の勝手な持論ですが、収益のピークが概ね15年ごとに到来することに起因して、「Innovator in Electronics の波」があると考えています。このシクリカルな動きで考えると、2022年度と2023年度が需要の底で、これから先2030年以降に向けて再び市場は大きく拡大していくという見方となります。
 このような点を踏まえ、当社が今取り組むべきことは、短期的にやらなければならないことを着実に実行すると同時に、仮説思考を持って次の技術革新への準備を進めていくことです。今後も継続した事業成長を実現していくために、1年後と15年後の成長を同時並行で考える、演繹的思考と帰納的思考を共存させた経営に尽力していきます。

エレクトロニクス領域の拡大で広がるムラタの事業機会

 当社は、長期構想である「Vision2030」を2021年に公表し、我々を取り巻く事業環境の変化に対応し、持続的な企業価値の向上を図るために長期視点での目指す姿として、ありたい姿を掲げました。市場の需給サイクルの中で、一時的に需要が減少する局面はありますが、長期的な視点で見た際の2030年に向けたデジタル化の進展や通信の技術革新によるエレクトロニクス領域の拡大という大きな方向感はぶれないものと考えています。

通信ネットワークの世界では、「あらゆるものをデータに変換してつなげる」ことが新たな価値となってきます。2020年代に5Gが導入され、さまざまな機器がインターネットにつながる世界が実現されてきました。今後はさらに高速化・大容量化・低遅延化が進むとともに、2030年代には6Gの導入が見込まれています。
 2030年以降は、インフラとしての通信の重要性は一層高まり、現実社会であるフィジカル空間とバーチャルやシミュレーションといったサイバー空間の2つの空間をAIでつなぐという世界が現実になると予想されます。その中では、サイバー空間でさまざまなことを決めたり実行したりすることができるため、人々のライフスタイルは現在から大きく変化していくと考えています。例えば、人の健康状態が常にサイバー空間に上げられ、AIがバイタルデータを処理し、最適化された情報をフィジカル空間へフィードバックすることが実現すれば、医療ネットワークからより適切な医療を受けられるようになり、在宅診療の高度化につながります。このような社会では、AI によって大量の情報が遅滞なく処理される必要があるため、2つの空間が密に連携するシステムやデジタルツインなどの新たな技術による価値創造が進むものと捉えており、ハードウェアへの理解も深く、無線通信技術に関する知見も豊富なムラタの事業機会はさらに広がると考えています。ムラタは今後も「Innovator in Electronics」として、エレクトロニクス業界で存在感を発揮し続けられるように、将来への備えを進めていきます。

社会価値と経済価値の好循環により
持続可能な社会と企業価値向上をともに実現

 当社は、Vision2030のありたい姿の実現に向けた第1フェーズとして「中期方針2024」を策定し、取り組みを進めています。今中期の経営変革のひとつに、社会価値と経済価値の好循環を生み出す経営を掲げるとともに、全社経営目標に社会価値目標を定めることで、社会課題解決への取り組みを推進していきます。

Vision2030(長期構想)ありたい姿

ムラタのイノベーションで社会価値と経済価値の好循環を生み出し、豊かな社会の実現に貢献

 当社を含め資本市場の中で生きる企業の使命は、利益を上げてそれを将来のより大きな価値創造に向けて再投資することだと考えています。この考え方は過去から変わりませんが、持続可能な社会への転換に向けた世の中の動きは、ここ数年でさらに加速していると感じています。また、企業に対する社会的要請は高まってきており、特に欧米のお客様からの要求は、日本での世間一般の感覚よりも一歩先を行くものとなっています。このような状況を踏まえ、経済価値だけでなく、社会課題解決に対してどれだけ貢献できているかが企業価値を決めると考えています。

 一方、社会課題解決に向けた対応は、企業にとっては先行投資や短期的なコストアップなど一定のリスクテイクが必要になります。これらの対応を継続的な取り組みにしていくためには、社会価値を将来「財務価値」に変化する「未財務価値」と捉えることが必要です。今はまだ「未財務価値」ですが、事業の競争力強化や事業機会の創出につなげることで、中長期的な利益創出に結び付けていきます。
 私が社長に就任してから3年が経ちますが、社会価値と経済価値の好循環に対する社内の理解度は高まってきていると感じています。特に、気候変動対策については、業界に先駆けたRE100への加盟により長期の目指すべき方向を明確にし、自社内の工場や事業所での再エネ・省エネの推進に注力しています。再エネ推進の取り組みとしては、2021年に金津村田製作所(福井県)に導入したソーラーパネルと蓄電池を組み合わせた再エネシステムを他の工場にも展開しており、2023年3月末時点で合わせて5つの工場で運用しています。

 今後、これらの取り組みをムラタグループの各拠点へ展開していくとともに、商材としてショーケース化し、社外のお客様への展開も目指していきます。当社内で実装することによりすでに多くのデータを蓄積できつつあり、それらをお客様に実際にお見せして、効果を実感いただく機会を増やしていくことで、ビジネスにつなげていきたいと考えています。
 これら持続可能な社会の実現に向けた取り組みは、サプライチェーン全体での取り組みにしていくことが必要不可欠です。当社がお客様や仕入先様をはじめとしたステークホルダーの皆様にとって最善の選択となり、ともに価値を共創することで社会価値と経済価値の好循環を実現していきます。

3層ポートフォリオ経営の高度化で目指す価値創造

 次に、当社が成長戦略の軸としている3層ポートフォリオ経営の考え方をあらためて申しあげるとともに、取り組みの背景についてご説明いたします。当社は電子部品を中心に扱う会社ですが、事業によって仕事に対するアプローチや必要なスキルは異なります。

 1980年代、当社はコンポーネント部品の軽薄短小化によって、カラーテレビやトランジスタラジオの小型化へ貢献し、我々が1層目(コンポーネント)と呼ぶ標準品型ビジネスを育ててきました。1990年代になると、携帯電話の登場によりお客様の要求が各社各様になったことで、お客様ごとに技術面のすり合わせを行い、新製品を開発するという2層目(デバイス・モジュール)の用途特化型ビジネスが定着してきました。そして、2020年代には5Gが導入され、スマートフォンでの利用に加え、医療ネットワークや工場設備の予防保全、車の自律走行などへの活用が見込まれています。このような将来に向けたエレクトロニクス領域の拡大の中で、ムラタが今後も存在感を発揮し続けるためには、従来のハードウェアの提供だけでなく、ソフトウェアも組み合わせたソリューションとして価値提供をする必要が出てくる、すなわち部品の定義が変化していくと考え、これを3層目のビジネスと位置付けています。

 これら3層ポートフォリオは、技術や販売面において互いに影響し合いながら事業拡大を図るもので、密接に関係しています。お客様の求める価値が変化する中で各層のシナジーを生み出し、ムラタのさらなる成長を目指していきます。各層における取り組みは、次のとおりです。

 1層目の「コンデンサ」と「インダクタ・EMIフィルタ」は、当社の基盤事業です。将来の技術トレンドは明白であり、スマートフォンなどの民生市場向けは軽薄短小の追求、モビリティ向けは高電圧高温環境下にも耐え得る高品質・高信頼品が求められます。中長期の市場成長率は年率10% 程度と考えていますので、需要の成長に応じた生産能力の増強が必要です。当社の積層セラミックコンデンサの年間生産量は1兆個以上であり、その能力増強には大きな人的リソースと設備投資が必要になります。今後部品需要が大きく伸びる局面で急激な能力付けを行うことは難しいため、中長期的な目線に立った能力増強を進めています。これらの技術力・供給力の強化に向けた取り組みを加速するため、当社の垂直統合型の一貫生産体制を推進していくとともに、事業効率の向上を図ることで、業界のリーディングカンパニーという位置付けを確実なものにしていきます。

 2層目は、各アプリケーションにおいてお客様となるターゲットを決め、競合企業に対し明確な差異化技術を確立できるかどうかが事業の成否を決めます。「高周波・通信」に属する高周波モジュールや表面波フィルタは、1層目と同様にムラタ固有の技術やモノづくりのノウハウを活かすとともに、2030年に向けて当社に不足する技術をM&Aで獲得するといった施策も取り、製品の特性や構造面での優位性を示していく取り組みが必要になります。特にスマートフォン市場のお客様に対しては、海外現地でのサポート体制を強化したことにより、少しずつ当社の取り組みの成果が出はじめています。まだシェアを上げていく途上ではありますが、QCDSでお客様に選んでいただけるような取り組みを進め、当社の存在感を高めていきたいと考えています。
 「エナジー・パワー」は、リチウムイオン二次電池の事業ポートフォリオ見直しを進め、電動工具や園芸工具、掃除機などで使用される高出力系の円筒形電池に注力してきました。注力市場の需要が低迷し、収益改善が遅れていますが、蓄電池を含めムラタの環境貢献事業としての事業基盤の確立を目指していきます。
 「機能デバイス」に属するセンサは、モビリティ市場向けに注力しており、自動車走行時の、車両位置や姿勢、方向をより高精度に計測できるMEMS慣性力センサ、自動ブレーキや自動駐車に必要な周辺検知に対応する超音波センサといった製品で非常に特性の良いものが出てきています。競合企業が真似できない製品を提供することで、伸びる市場で事業機会を獲得していきたいと考えています。

 3層目は、ソリューションなど当社にとっては新たなビジネス領域が対象となります。今までのように電子機器や設計に詳しいお客様ばかりではないため、従来のビジネスモデルで培った技術や経験だけでは対応しきれず、長期視点でのビジネスモデルの創出が必要になります。中期方針2024の期間中にスモールサクセスを積み重ね、ムラタがお客様に対してどのような価値提供が可能なのかを見定めていきたいと考えています。3層目のビジネスを進めるにあたっては、再エネ・省エネの推進の事例でも触れたとおり当社内に3層目の商材を実装して、お客様に見て実感していただくことが新しい売り方になると考えています。また、お客様にきていただくことが現場で働く従業員にとっても、モチベーション向上につながるという相乗効果も生むものと考えています。

 現在の事業の柱は1層目と2層目ですが、1層目への利益依存度が高くなっています。これは当社が抱える大きな経営課題のひとつであり、収益源の複線化が必要です。まずは2層目の収益改善が急務ですが、3層目では2030年以降も見据えたさまざまなチャレンジも行っていきます。今後も、各層が抱える課題の解決に取り組み、シナジーを発揮していくことで、3層ポートフォリオ経営の高度化を図り、さらなる価値創造を目指していきます。

※製品評価の指標でクオリティ・コスト・デリバリー・サービスのこと

多様性を活かしてイノベーションを創出

 今日の当社の価値創造の源泉は、人的資本および組織資本の強みを発揮できていることにほかなりません。創業者の想いが、経営理念である社是として形骸化せず社内に浸透し、従業員一人ひとりの行動指針となっています。ムラタ固有の垂直統合型のビジネスモデルにおいては、会社への帰属意識や組織の一体感が重要であり、相互に連携して課題をスピーディに解決できることが今日のムラタらしさとなっています。

 一方、同質性が高いことは組織における課題でもあります。当社がさらなるイノベーションを創出していくためには、多様性を活かして今までとは異なる仕事の進め方や仕組みを作っていく必要があると感じています。ジェンダー・ジェネレーション・カルチャーといったバックグラウンドが異なる人たちと一緒に仕事をすると、従来どおりのやり方ではうまく進めることができないかもしれません。その機会をイノベーションにつなげるためのステップであると肯定的に受け止め、乗り越えようとするからこそ、より深みのある議論が生まれると考えています。多様な価値観や考え方を持った従業員同士が互いの違いを尊重し、喧々諤々と議論を交わすことができる環境を整えることで、イノベーションの創出につなげたいという思いです。

 ムラタは、Vision2030の成長戦略のひとつに、「自律分散型の組織運営の実践」を掲げ、従業員一人ひとりに自律性、全体性、進歩性をともなった行動を期待しています。これまでも当社は、各拠点、各部署それぞれの組織が課題に対してスピード感を持って対応することはできていました。しかしながら、ある拠点でできていることがほかの拠点に展開されていない、あるいは自部門以外の人が何をしているのか分からないといった場面がまだあるように感じています。一事業所や自部門内での取り組みとして完結せず、全体最適で判断することや外へのアンテナを張って臨機応変に対応を変えながら取り組むことができるような強い組織を目指しています。私自身、拠点や部署をまたいだディスカッションの場を提供することや、好事例を社内のコミュニケーションツールなどで取り上げ、全世界の従業員向けに紹介するなど、従業員一人ひとりの理解度を高めて、自律分散の行動実践を習慣化できるよう取り組みを進めています。

 社内でも紹介した好事例のひとつとして、製造工場における事業をまたいだモノづくりの連携があります。当社の製造工場は、扱う製品ごとに繁忙期が異なります。高操業時期でモノづくり強化とそのための人材強化を推し進めたいという工場と、低操業時期にあっても従業員の成長機会をつくりたいという工場の思いがうまく重なり、製造現場に近い層の人材派遣を行いました。この取り組みは、工場メンバーの声からはじまったものであり、双方の従業員にとって非常に良い刺激になっています。各工場で課題感を明確に持っていたこと、その課題感を発信する場があったこと、発信された課題を受け取るマインドがあったことが、この「事業を超えた自発的な支援」につながったと考えています。そして、その背景には普段からの交流や人脈があったことも大きな要因であり、まさに、自律性・全体性・進歩性を体現した事例と捉えています。

DXを推進し、提供価値を最大化

 当社は、Vision2030の成長戦略のひとつとしてDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進を掲げています。近年、DXに対する社内の取り組みは活性化してきており、特にモノづくり現場では生産ロット管理や工程の流れ化、設備保全といった生産効率の向上などに資するデータの見える化が進展しています。また、これらの改善事例が複数の工場や事業所で展開されはじめ、デジタル化が進んできました。ただ、現時点では、設定したKGI・KPIの達成レベルは上がってきていますが、製造現場での仕事の進め方や仕組みをデジタル化するレベルにとどまっており、その仕事そのものを変化させるまでにはいたっていません。仕事の仕方を変えていくことで、やがて組織のあり方が変わり、目指すべきKGI・KPIも変わっていくと考えています。

 行き過ぎた生産プロセス・システムの標準化はかえって生産の非効率を生む可能性もありますので、標準化すべき領域を見極めたうえで、デジタルを活用したスマートファクトリー化の取り組みを進めていきます。同時に、製造現場に関わる従業員が、より高い創造性を発揮できる仕事に時間を割けるようにもしていきたいと考えています。

 また、顧客戦略の立案・実行といった「売る力」の強化においても、DXの推進が重要です。当社は、グローバルマーケットにおいて幅広い業界のお客様との取引やコミュニケーションの機会があり、ビッグデータとも言える顧客情報を保有しています。これらのデータを価値化して、当社からのお客様へのアプローチやコミュニケーションの方法など営業の仕事の進め方を変えるところまで持っていくことで、お客様への提供価値の最大化を実践していきたいと考えています。

将来への投資を継続し、
「Vision2030」と「中期方針2024」を実現

 冒頭で申しあげたとおり、2023年度は当社にとって厳しい事業環境となる見込みです。このような中、短期的な収益改善に向けては、品質改善含むコストダウンテーマの完遂に加え、固定費の適正化などを進めていきます。中期方針2024の最終年度である2024年度には、当社のポートフォリオ経営の成果が目に見えるかたちでお見せできるようにしていきたいと考えています。

 当社が事業を展開するエレクトロニクス業界の2030年に向けた見通しは、5G・6Gといった通信網の発達や自動車の自律走行の普及など、さらに大きな成長を遂げると考えています。その中で、将来への投資は継続し、いかなる時代においてもムラタが存在感を発揮できる企業であるように、Vision2030および中期方針2024の実現に向けて取り組みを進めていきます。
 当社は、これからも基盤領域である「通信」「モビリティ」、挑戦領域である「環境」「ウェルネス」という4つの事業機会を中心に、「Global No.1部品メーカー」として、当社に関係されているすべてのステークホルダーの皆様の期待に応え、ワクワクできるような技術やイノベーション、新製品の創出を継続して行ってまいります。今後とも変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願いいたします。