EMI除去フィルタ(EMC・ノイズ対策)ノイズ対策 基礎講座【第1部】
第5章 導体伝導とコモンモード

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第5章

導体伝導とコモンモード

5-1. はじめに

ここまでの章ではノイズが発生し、アンテナに伝わり、放射する仕組みを比較的単純なモデルで説明してきました。ところで実際のノイズ対策では、ノイズ源がアンテナに直接つながっていることは稀です。多くの場合、ノイズはノーマルモードで発生しますが、その後コモンモードに変換され、電子機器のグラウンドを通じで伝搬し、ケーブルや筺体をアンテナとして放射する形を持ちます。すなわちノイズの伝達路のなかに、ノーマルモードからコモンモードへの変換を考える必要があります。
ノイズを受信するときはこの反対で、ノイズの侵入はコモンモードが多いのですが、最終的に回路が誤動作したり壊れたりするときは、ノーマルモードになっています。この場合はコモンモードからノーマルモードへの変換が問題です。ノイズの放射と受信は仕組みとしては同一ですので、ここではノイズの放射に絞って説明しています。
この章では図5-1-1のように、ノイズが導体を伝わるモードにコモンモードとノーマルモードがあることを説明した後、コモンモードノイズへの変換について説明します。このノーマルモードはディファレンシャルモードと表現されることが多いのですが、差動信号と混乱することを避けるために、ノイズについてはノーマルモードと表現することにします。
コモンモードノイズは複雑な概念ですので、ここでは説明を平易にするために独自の解釈をしている部分があります。より正確で詳細な概念は、専門書をご参照ください[参考文献 1,2,3]

第5章で紹介する内容
【図5-1-1】第5章で紹介する内容

5-2. ノイズの導体伝導

ノイズは電気エネルギーですので、導体がつながると自然に伝わっていくのですが、ケーブルのように導体が束になっているときは、ノイズの伝導はコモンモードとノーマルモードの2つに分けて説明されています。このうちコモンモードは電波の放射や受信が強く、仕組みが複雑であり、いつもノイズ対策技術者を困らせます。
ここではコモンモードとノーマルモードについて説明したのち、これを除去するためのEMI除去フィルタの基本構成を紹介します。コモンモードノイズの発生については、特殊な概念になりますので、次の節で説明します。

5-2-1. コモンモードノイズ

(1) ケーブルをアンテナにしたノイズの放射の例

図5-2-1の実験は、電子機器のノイズ対策でよく見られる状態を再現したものです。
ある電子機器(ノイズ対策前)にインタフェースケーブルを接続し、ケーブルをアンテナとして放射するノイズを測定しています。ケーブルがないときは図5-2-1(a)のように低レベルなのですが、ケーブルをとりつけると図5-2-1(b)のように100MHz~300MHzの周波数域でノイズが増大します。
この状態は、電子機器で発生したノイズがコネクタからインタフェースケーブルに伝導し、ケーブルをアンテナとして放射していると考えることができます。

電子機器のケーブルから放射するノイズの例

【図5-2-1】電子機器のケーブルから放射するノイズの例

(2) ノイズが伝導する線の調査

ところでケーブルの中には複数の配線があります。図5-2-1の実験で、ノイズはどの線を伝わったのでしょうか。
インタフェースケーブルには、グラウンド、電源、信号線などが含まれているのが一般的です。図5-2-1の場合は実はシールドケーブルでしたので、シールドにもノイズが伝導している可能性があります。そこで、それぞれの線がつながるコネクタの中の端子に、インタフェースケーブルと類似の形状の1本のワイヤをとりつけて、ノイズを測定してみました。結果を図5-2-2に示します。ここで、信号線には比較的速度の遅い線を選んで代表させています。
図5-2-2の結果をみると、多少の違いはあるのですが、どの線につないでも、図5-2-1(b)と同様の傾向のノイズが放射されることがわかります。図5-2-2(d)のようにシールドグラウンドにつないだ場合にも、ノイズは放射します。
図5-2-2の結果は、ケーブルがつながるコネクタの中のどの端子にも、共通のノイズが誘導されていることを示しています。このように、ケーブルの中の配線に共通して伝導するノイズをコモンモードノイズと呼びます。

各々の線が放射する成分を調べた結果

【図5-2-2】各々の線が放射する成分を調べた結果

(3) グラウンドに重畳しているノイズもコモンモードノイズと呼ぶ

一方、一般に電気回路でグラウンドは電圧の基準点であり、もっともノイズの少ない場所であると考えられます。このグラウンドに図5-2-2(c)、(d)のようにノイズが重畳していると、電圧の基準点であるがゆえに、電源や信号にも同様のノイズが重畳することになります。そこで、グラウンドに重畳されているノイズを指して、コモンモードノイズと呼ぶこともあります。
コモンモードノイズはノイズ対策では日常的に問題となるのですが、概念や仕組みが複雑で、理論的に説明することが難しい成分です。コモンモードノイズが発生する仕組みは次節で紹介するとして、コモンモードがどのように伝わる成分なのかをまず説明します。

5-2-2. ノイズが伝わる2つのモード

(1) コモンモードとノーマルモード

電気回路は一周りの経路に電流が流れることを基本としています。この回路の一部を図5-2-3(a)のようにケーブルとして取り出すとき、ケーブルには2本の配線があって、往復の電流が流れています。このとき流れる電流は、逆方向に同じ大きさになっていますので、ケーブル全体では必ずゼロになります。このような電流の流れ方をノーマルモードといいます。
これに対して、図5-2-3(b)のようにケーブル内の線に同じ向きに電流が流れる場合があり、コモンモードと呼ばれています。コモンモードは図のように、何らかの形で各線に同一の電圧が加わり、同一方向の電流が流れる成分です。この電流は図のように、負荷が大地に対して持つ浮遊静電容量などを介して漏れた電流が、大地を経由してノイズ源に帰還すると考えることができます。(大地を経由しなくても、負荷とノイズ源が直接つながって流れる場合もあります)

コモンモードとノーマルモード

【図5-2-3】コモンモードとノーマルモード

(2) 線の数が多いとき

回路が複雑になり、ケーブルの中に多数の配線があり、グラウンドが共用されているときも、電流に迂回路や漏れがなければ、図5-2-4(a)のようにケーブル全体では電流の総和がゼロになります。このような状態も、ノーマルモードといいます。このように線が多数のときは、各線の電流の大きさは必ずしも同じではありません。
同じ回路にコモンモードが加わったときの電流は、図5-2-4(b)のようになります。このとき配線には同じ向きに電流が流れ、大地に対する電圧は同一になっています。すなわち、コモンモードでは線間の電圧はゼロです。このため、コモンモードノイズは、オシロスコープなどの通常の測定機では観測しにくい性質をもっています。
最終的に、各線に流れる電流は、ノーマルモードとコモンモードが足し合わされた電流になっています。図ではこのように明瞭に書けるのですが、各線に流れる電流からこの2つを分離することは、通常は非常に困難です。このため、ノイズ対策では、観測方法を工夫して、流れているノイズのモードを推測することが重要になります。

線が多いとき

【図5-2-4】線が多いとき

5-2-3. ノーマルモードとディファレンシャルモード

(1) ノーマルモードはディファレンシャルモードとも呼ばれる

図5-2-3のように線が2本のときのノーマルモードは、ディファレンシャル(差動)モードと呼ばれることがあります。ここでは図5-2-4のように線が多い場合も含みますので、通常はノーマルモードと呼び、差動信号のように1対の電線に適用するときにだけ、ディファレンシャルモードと呼ぶことにします。

(2) ノーマルモードは回路の動作にも使われている

ノーマルモードやコモンモードは、ノイズの伝導だけではなく、回路の動作や信号の伝送にも使われています。通常は図5-2-3で信号源と書いたように、ノーマルモードが使われます。
近年では高周波信号を伝える回路の多くで差動信号が使われています。差動信号はその名の通り、ディファレンシャルモード(ノーマルモード)で信号を伝えます。ただし、一部では別の信号を多重させて送るために、コモンモードも重畳して使われていることがあります。この場合には、コモンモードが放射されてノイズとなることを防ぐために、ケーブルにシールドが必要になります。

5-2-4. ノイズの放射への影響

(1) ノーマルモードのノイズの放射

ノイズがケーブルを伝わるとき、ノーマルモードであればノイズの放射はごく少なくなります。これは、図5-2-5のように往復する電流が作る電磁界が、観測点では互いに相殺されるためです。この放射をより少なくするために、ケーブル部をツイストペアにしたり、シールドケーブルにしたりします。
このケーブルが接続される先のプリント基板では、図5-2-5のように配線の間隔が広がります。ここでは往復する電流の相殺効果が小さくなり、配線がループアンテナのように働きます。したがって、この部分ではノーマルモードであってもループの面積に応じたノイズの放射が出ます。
ケーブルが接続されなくても、図5-2-6のように回路が動作する電流はノーマルモードであり、回路を作る配線はループアンテナを形成しますので、同様にノイズの放射が出ます。このようなプリント基板から放射されるノイズを少なくするには、電流ループの面積が減るようにパターンの形を工夫します。多層基板を使ってグラウンドプレーンを使うことは、電流が信号線の真下を帰るようになりますので、電流ループの面積の削減に役立ちます。

ノーマルモード電流の放射
【図5-2-5】ノーマルモード電流の放射
回路電流はループアンテナになる

【図5-2-6】回路電流はループアンテナになる

(2) コモンモードのノイズの放射

これに対して、ノイズがケーブルをコモンモードで伝わるときは、ノーマルモードのような相殺効果が働きません。図5-2-7に示すように、各電流が作る電磁界は測定点で強めあいます。このため、同じ大きさの電流が流れた場合、コモンモードはノーマルモードに比べて格段に強い(場合によっては1000倍程度の)電波を放射します。したがって、ノイズの放射を減らすには、コモンモードの電流を抑制することが重要です。
コモンモードの電流は、通常は図5-2-7のように浮遊静電容量を介して流れていますので、低周波ではインピーダンスが高く、大きな電流にはなりません。ただし、全体の構造がアンテナとして働くような高周波では、インピーダンスが下がり電流が流れやすくなりますので、コモンモードによる放射は強くなる傾向があります。
また、ノーマルモード電流は回路の動作に使われている電流モードでもあるため、フィルタで完全に除去することはできません。これに対してコモンモードは、通常は不要な成分ですので、手加減せずにフィルタで除去することができます。ノイズフィルタの構成を次に述べます。

コモンモードノイズの放射

【図5-2-7】コモンモードノイズの放射

5-2-5. ノイズフィルタの構成

(1) コンデンサとインダクタでローパスフィルタを形成する

一般にノイズの伝導を遮断するには、ノイズの伝導経路となるケーブルの途中や接続点に、コンデンサ(C)やインダクタ(L)によるローパスフィルタを形成します。ローパスフィルタについては第6章で詳しく説明しますので、ここではフィルタの基本構成だけを紹介します。

(2) ノーマルモード用のフィルタ

ノーマルモード用のフィルタは、図5-2-8のようにコンデンサを線間に、チョークコイルやフェライトビーズなどのインピーダンス素子を直列に装着します。
ノーマルモードノイズの電流は、回路の動作に使う電流と方向が同一です。このため、フィルタによりノイズを除去すると、回路の動作に必要な成分の一部も同時に除去されます。ローパスフィルタのカットオフ周波数が回路の動作に必要な成分に食い込まないようにLやCの値を調整します。
また、インピーダンス素子については、図5-2-8に記載したように、回路やケーブルの条件によって使い方が異なります。商用電源線のようにどちらの線もグラウンドから浮いているときは、平衡回路とみなして両方の線にインピーダンス素子を使用します。このときインピーダンスが同じになるようにバランスをとります。
デジタル回路のように片方がグラウンドのときは、不平衡回路とみなして、グラウンドにはインピーダンス素子を使わないのが普通です。ただし、グラウンドにノイズが誘導されているとき(すなわち、コモンモードノイズが誘導されているとき)は、グラウンド側にもインピーダンス素子を使う場合があります。
ここで、平衡、不平衡というのは、ノーマルモードを流したときの大地に対する電圧の持ち方を表しています。2本の線に対称にかかる場合を平衡、片方の線に集中してかかる場合を不平衡と呼んでいます。不平衡回路ではもう片方の線はグラウンドであり、電圧はほとんどかかりません。

ノーマルモードに対するフィルタの構成例

【図5-2-8】ノーマルモードに対するフィルタの構成例

(3) コモンモード用のフィルタ

コモンモード用のフィルタは、図5-2-9のようにコンデンサをグラウンドに対して接続します(Yコンデンサと呼ばれます)。インピーダンス素子にはできるだけコモンモードチョークコイルを使います。ケーブルに複数の配線があるときは、図5-2-10のようにケーブルをフェライトコアに巻きつけたり、フェライトコアで挟んだりすることも、一種のコモンモードチョークコイルを作ることになり、効果的です。コモンモードチョークコイルについては、別の章で詳しく紹介します。
コモンモードノイズが表れている場合、Yコンデンサを接続するグラウンドにもノイズが表れていることがあります。この場合、Yコンデンサは適切なグラウンドに接続できないため、効果が少なくなります。
このような場合は、Yコンデンサを接続するためのグラウンドを、別途作る必要があります。このグラウンドは図のように、ノイズ源に対してノイズの帰還路を形成することを意識して配線します。

コモンモードに対するフィルタの基本構成
【図5-2-9】コモンモードに対するフィルタの基本構成
フェライトコアを使ったコモンモードチョークコイル

【図5-2-10】フェライトコアを使ったコモンモードチョークコイル

(4) コモンモードとノーマルモードの双方に有効なフィルタ

商用電源線などに使われるノイズフィルタは、コモンモードとノーマルモードが混じったノイズを対策することが一般的ですので、この両者に対処できるフィルタが使われます。代表的な回路構成を図5-2-11に示します[参考文献 4] 。ここではインピーダンス素子にコモンモードチョークコイルを示しましたが、ノーマルモードノイズが強いときはインピーダンスが不足しますので、ノーマルモード用のチョークコイルを追加して使う場合もあります。

コモンモードとノーマルモードの両者を除去するフィルタの構成

【図5-2-11】コモンモードとノーマルモードの両者を除去するフィルタの構成

5-2-6. フィルタによるノイズ対策の例

(1) 商用電源線を伝導するノイズ

図5-2-1では電子機器のインタフェースケーブルから放射されるノイズの測定例を紹介しましたが、電子機器の電源線では、比較的低周波のノイズの伝導が問題になります。この電源線でも、コモンモードとノーマルモードが問題になります。
電源線にノイズを放出する代表的なノイズ源にスイッチング電源があります。スイッチング電源のノイズを観測した例を図5-2-12に示します。
AC電源線のノイズの測定は、図5-2-12(a)のように、電源線にLISN(Line Impedance Stabilizing Network: 電源線インピーダンス安定化回路網)というノイズを測定するための一種のプローブを取り付けて、電源線に伝わるノイズを測定します。ここではスイッチング電源に内蔵されているノイズフィルタを外した状態で測定しています。測定周波数は150kHz~30MHzで、スペクトラムアナライザを用いてpeak検波で測定しています。
図5-2-12(b)の測定結果をみると、スイッチング電源のスイッチング周波数である150kHzの整数倍の周波数で、強いノイズが観測されています。なお、グラフの周波数軸を対数にしている関係で、1MHz以上の高周波ではノイズの間隔が狭くなっていますが、拡大して観測すると、この部分でも150kHzの間隔になっています。

スイッチング電源のノイズの測定例

【図5-2-12】スイッチング電源のノイズの測定例

(2) ノイズのモードの分離

図5-2-12に示した測定結果は、各線の対地電圧を観測したものです。Va、Vbと表示しましたが、両方の線にほぼ同一のレベルのノイズが観測されていることがわかります。これは、コモンモードとノーマルモードが混ざった形で観測されたものです。通常、ノイズ規制はこの電圧に対して限度値を定めています。
一部のLISN(例えばCISPR 16に対応したLISNなど)を使うと、このノイズをコモンモードとノーマルモードに分離して観測することができます。図5-2-13に、図5-2-12の測定結果を分離したものを示します。図で、Sym(Symmetry: 対称)がノーマルモード、Asym(Asymmetry: 非対称)がコモンモードを表しています。
図5-2-13の測定結果から、このスイッチング電源では低周波ではノーマルモードが強く、高周波ではコモンモードが強くなっていることがわかります。この傾向は、スイッチング電源で一般的に見られるものです。

コモンモードとノーマルモードを分離して観測した例

【図5-2-13】コモンモードとノーマルモードを分離して観測した例

(3) ノイズフィルタの効果の確認

図5-2-13に示したスイッチング電源のノイズに対して、図5-2-11に示したノイズフィルタの各部品がどのように機能するのかを確認した結果を図5-2-14に示します。
図5-2-14(a)は、図5-2-11に示した全ての部品を取り付けたときの測定結果です。部品を使わない図5-2-13(b)に比べて、ノイズが良好に抑制されています。
図5-2-14(b)~(d)は、図5-2-11に示したノイズフィルタの各々の部品を1つずつ外した結果を示しています。Xコンデンサは主にノーマルモードに、Yコンデンサは主にコモンモードに有効であること、コモンモードチョークコイルは双方のモードに有効であることがわかります。この例のようにノーマルモードとコモンモードが混じったノイズを除去するには、この3つの部品が不可欠であることが確認できました。

(4) 部品の効果はノイズを全部除去してから外していくと見やすくなる

一般にノイズ対策では、微弱なノイズの変化はより強力なノイズに隠れてしまうため、一つずつ部品を取り付けても、うまく効果を観測できない場合があります。図5-2-14(a)のようにいったんノイズを抑え込んだ状態を作り、ここから部品を外すことで効果の確認をすると、各部品の効果や要否を楽に判定できます。この方法は、このような伝導ノイズだけでなく、放射ノイズを対策するときの部品の効果の確認にも役立ちます。
なお、図5-2-14(c)で、コモンモードチョークコイルがノーマルモードのノイズの除去にも役立っていることに違和感を持たれるかもしれません。これはコモンモードチョークコイルにわずかながらノーマルモードのインダクタンスが含まれているためです。電源用のコモンモードチョークコイルではこのように、多少のノーマルモードのインダクタンスが役立つことがあります。詳しくは、コモンモードチョークコイルの説明のときに紹介します。

各々のノイズフィルタの効果の観測

【図5-2-14】各々のノイズフィルタの効果の観測

5-2-7. 差動信号のコモンモードノイズ

(1) 差動信号の伝送

近年、USBなどの高速デジタル伝送では、差動信号を使う場合が増えてきました。差動信号ではこれまで説明したのとは少し違うコモンモードノイズがあります。
差動信号は図5-2-15のように1対の線の各々に逆相の信号を加え、受信側では線間電圧によって信号を受け取ります。このとき2つの電流が対称であれば、電流の成分はノーマルモードのみとなり、図5-2-5に示した仕組みにより、ノイズの発生はごく少なくなります。
また、外部からノイズの誘導を受ける場合にも、影響を受けにくい性質があります。これは後で述べるように、外部からケーブルに誘導されるノイズはコモンモードですので、レシーバの線間には電圧を発生しないためです。

差動信号の信号波形

【図5-2-15】差動信号の信号波形

(2) 差動信号で発生するコモンモードノイズ

ところが2本の線に伝える信号のバランスがわずかでも崩れると、崩れた成分はコモンモードになります。バランスが崩れる要素には、図5-2-16のように

  1. (a)立ち上りや立下りのタイミングのずれ
  2. (b)立ち上りや立下りの速度のずれ
  3. (c)電圧や電流の振幅のずれ
  4. (d)コモンモードノイズの重畳

などが考えられます。(a)~(c)はノイズというよりも信号波形を形成するときの課題といえます(信号品位(Signal Integrity: SI)と呼ばれます)。このような信号波形のバランスの崩れは、ドライバやレシーバのICに原因がある場合以外にも、配線の長さが違ったり、曲がったり、終端抵抗のインピーダンスが違っても発生します。このように、信号波形のバランスの崩れが原因で発生したコモンモードノイズは、ノイズのスペクトラムの上では信号周波数の高調波の形で観測されます。
(d)は、ドライバやレシーバの電源やグラウンドに外部からノイズが加わったときに多くみられます。このノイズは信号の高調波のように見える場合もありますが、信号周波数とは全く関係ない周波数でも発生します。
これらの成分がケーブルに伝わると、コモンモードの電流が流れますので、ノイズを放射する原因になります。

コモンモードの発生要因

【図5-2-16】コモンモードの発生要因

(3) 差動信号のノイズを抑えるには

差動信号では、このようなコモンモードの電流を遮断し、図5-2-16(a)~(c)のような信号波形のバランスの崩れを抑制するために、図5-2-17のようにコモンモードチョークコイルが使われています。通常はドライバ側で使いますが、レシーバ側でノイズが発生するときは、レシーバ側にも使います。
ここで使われるコモンモードチョークコイルには、差動信号に悪影響を与えないように、ディファレンシャルモードの減衰が小さい部品を選びます。
また、差動信号のノイズ対策には、コモンモードチョークコイルのほかに、シールドケーブルも使われます。信号ペアの部分に同軸ケーブルを2本使う場合もあります。
なお、図5-2-16(d)のノイズに対しては、信号ペアの部分でコモンモードチョークコイルやシールドを使うことも有効ですが、図5-2-17に示したようにドライバやレシーバのICの電源にEMI除去フィルタを使うと効果的です。

差動信号にはコモンモードチョークコイルを使う

【図5-2-17】差動信号にはコモンモードチョークコイルを使う

5-2-8. ノイズの受信とモードの変換

(1) ケーブルでノイズを受信するときはコモンモードになる

ここまでケーブルからノイズが放射する場合について述べてきました。この反対にケーブルがノイズを受信する場合は、図5-2-18のようにケーブルの中の配線にコモンモードでノイズが誘導されるのが一般的です。
コモンモードは線間の電圧がゼロであり、図のように線間の電圧で信号を受け取れば、電気回路は支障なく動作できます。すなわち、ケーブルがノイズを受信しても、レシーバが電圧で動作する限り、ノイズ障害は起きません。

ケーブルに対するノイズの誘導

【図5-2-18】ケーブルに対するノイズの誘導

(2) ノイズのモードの変換

ところが現実には、ケーブルにノイズが侵入すると、様々な障害が発生します。古くからある例としては、電話線にラジオの電波が侵入し、電話の音声にラジオ放送が混信するなどがあります。なぜこのような障害が発生するのでしょうか。
このとき多くの場合、ケーブルが回路に接続される部分でコモンモードからノーマルモードへの変換が起きています。図5-2-19(a)のように各線と大地とのインピーダンスであるZ1Z2に差があると、レシーバが受け取るコモンモード電圧に差ができて、線間にノイズの電圧が表れます。このとき、コモンモードの一部がノーマルモードに変換されているといえます [参考文献 1]

(3) 終端インピーダンスのアンバランスがモード変換を生む

このZ1Z2は、このような部品があるわけではなく、浮遊静電容量などにより作られるインピーダンスです。このため、この部分にあらかじめインピーダンスの揃った終端抵抗を取り付けると、ノーマルモードへの変換が少なくなることがあります。
図5-2-19(b)のように片側がグラウンドの回路で信号を受けるときは、ノイズの半分はノーマルモードに変換されます。すなわち、デジタル回路のように不平衡な受信回路は、ノイズが侵入しやすいといえます。このような回路にケーブルを接続するときは、後に述べるようなフィルタ回路が必要です。

(4) ICの内部でモード変換される場合

また、ノーマルモードへの変換がなくても、コモンモードが強力な場合は、レシーバのICの内部でノーマルモードへの変換が起きることもあります。ICがコモンモードを排除する性能は、CMRR(Common-Mode Rejection Ratio: 同相信号除去比)という指標で表されています。
ノーマルモードへの変換を防ぐには、図のように終端抵抗の値を揃え、グラウンドに対するインピーダンスに差が出ないようにします。また、レシーバに、CMRRの高いICを選びます。

コモンモードからノーマルモードへの変換

【図5-2-19】コモンモードからノーマルモードへの変換

(5) モード変換を防ぐには

電話線やLANケーブル、電源コードなどの平衡したケーブルを電子回路につなぐときは、電子回路は不平衡回路のことが多いので、図5-2-19(b)のようにノイズのモードが変換されやすくなっています。これを防ぐには、以下の2つの手段があります。

  1. (i)バルントランスやコモンモードチョークコイルなどにより平衡-不平衡の変換をして、インピーダンスのバランスが崩れないようにする
  2. (ii)発生したノーマルモードノイズをノイズフィルタによって除去する

(i)は、図5-2-20(a)、(b)のようにケーブルと回路の間に平衡-不平衡の変換回路を挿入する方法です。通信ケーブルの接続にはこのような回路が使われます。
(ii)は、図5-2-20(c)のようにコンデンサやインピーダンス素子(フェライトビーズなど)を使います。対症療法になりますが、比較的安価な部品でノイズ障害を排除できます。

ノイズの受信を防ぐ接続の例

【図5-2-20】ノイズの受信を防ぐ接続の例

5-2-9. コモンモードとノーマルモードの性質

(1) ノーマルモードノイズは回路の動作に応じて発生する

電気回路が動作するとき、電流はノーマルモードで流れています。このためノーマルモードのノイズは、回路の動作が原因となり、ごく普通に発生します。例えば、電源スイッチが断続した際のサージや、デジタル信号に含まれる高調波成分などは、発生した直後はノーマルモードです。
ノイズの伝達経路の中で電流のバランスがわずかに崩れたとき、その成分がコモンモードとして表れる、というふうに考えることができます。

(2) コモンモードノイズにはシールドが役に立たないことがある

シールドを機能させるには(特に静電シールドでは)、グラウンドに接続する必要があります。ところがコモンモードのノイズが発生するときは、多くの場合、シールド用のグラウンドにもノイズが重畳しています。このため、シールドにもコモンモードの電流が流れ、シールドがアンテナになってノイズを放射してしまいます。
このように、コモンモードが伝わっているグラウンドにシールドをつないでも、ノイズをシールドすることはできません。シールドを機能させるには、まず信頼できるグラウンドを作る必要があります。コモンモードのノイズ対策が非常に難しいのはこのためです。

(3) コモンモードノイズをシールドするには

シールドが機能するような強固なグラウンドを作るには、図5-2-21のようにノイズ源や浮遊静電容量を取り囲むようにシールドケースを作り、このケース自体をグラウンドに使います。(ファラデーケージといいます)
このとき、コモンモード電流の帰還路は、大地を経由するのではなく、シールドを経由するようになります。この状態は、コモンモードノイズは解消しているといえます。シールドも含めてケーブル全体をみたときに、電流の総和がゼロになっているからです。
このようなシールドの構成は理想的ですが、一般に大掛かりでコストがかかります。

コモンモードを解消させるシールド構造の例

【図5-2-21】コモンモードを解消させるシールド構造の例

(4) コモンモードはどこにつながっているのか

図5-2-3(b)でコモンモードのノイズ源や浮遊静電容量の接続先は、回路の中に決まった接続点があるわけではありません。ただし、通常は、回路の中でグラウンドが最もサイズが大きく、電圧の基準点になっていますので、グラウンドに接続されていると考えても差し支えありません。
このため、グラウンドが大地に対して電圧を持っている状態は、コモンモードノイズが誘導されていると呼ばれます。

(5) コモンモードとノーマルモードの観測

ケーブルにコモンモードノイズが流れているかどうかは、ケーブル全体を掴める電流プローブを使うと判断できます。ノーマルモードの電流であれば、このような電流プローブからは出力が出ません。
一方、コモンモードノイズであれば、線間の電圧は必ずゼロになっています。このため、差動プローブなどで線間電圧を測ったときは、コモンモードを排除したノーマルモードの電圧が測れていることになります。


「5-2. ノイズの導体伝導」のチェックポイント

  • ノイズの伝導にはノーマルモードとコモンモードがある
  • ノーマルモードは回路動作にも使われていて、ノイズの放射は比較的少ない
  • コモンモードは回路から電流が漏れて発生し、強い放射の原因になる
  • ノイズの受信を減らすには、コモンモードからノーマルモードへの変換を減らす