EMI除去フィルタ(EMC・ノイズ対策)ノイズ対策 基礎講座【第1部】
第5章 導体伝導とコモンモード

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第5章

導体伝導とコモンモード

5-3. コモンモードノイズの発生

5-2節ではノイズがケーブルを伝わるときの成分にコモンモードとノーマルモードがあることを述べました。また、電子機器のグラウンドにノイズの電圧が表れる、ノイズの電流が流れる状態のことも、コモンモードノイズと呼ぶことを紹介しました。
ここではこのグラウンドにノイズが表れるという特徴に注目し、コモンモードノイズが発生する仕組みをいくつか紹介します。
実際の電子機器でコモンモードノイズが発生する仕組みは複雑で、このような単純なモデルでは説明できない場合も多いと思います。また、ここで紹介するモデルには浮遊静電容量などの数値化が難しい要素が含まれていて、設計に組み入れることは容易ではありません。
それでも、このような仕組みがわかっていると、ノイズの少ない電子機器を設計するうえで大いに役立ちます。

5-3-1. コモンモードノイズの発生例

(1) クロック信号のグラウンドにケーブルを取り付けると

図5-3-1は、20MHzのクロック信号を長さ5cmのMSL(Micro Strip Line)に伝えたときのノイズの放射を、30MHz~1GHzの範囲で3mの距離で測定したものです。図5-3-1(a)は基板だけのとき、図5-3-1(b)はグラウンドに25cmのケーブルを2本取り付けたときを示しています。グラウンドにケーブルを取り付けると、全体の長さが1/2波長になる周波数(この場合は250MHz)の近くで、ノイズの放射が増大していることがわかります。
このように、プリント基板のグラウンドに、アンテナになるような導体を取り付けるとノイズが増大する状態は、5-2節の図5-2-2の状態を再現していると言えます。すなわち、このグラウンドにはコモンモードノイズが誘導されていると考えることができます。
(なお、図5-3-1の実験ではMSLの両側にグラウンドのある基板を使っています。これは一般的なMSLの構造ではありませんが、ここではMSLと呼ぶことにします)

(2) MSLでもグラウンドにノイズを持つ

ここではMSLとケーブル以外の部分からの放射の影響を除くために、クロック信号を3cm×3cmと小型のシールドケースに収めた発振回路で作り、内蔵した3Vの電池で動かしています。外観を図5-3-1(c)に示します。この信号発生器はノイズ発生源として、後の実験でも使っていきます。
ところで、ここで使ったMSLは理想に近い信号配線であり、図のように基板の表裏はviaでつながれたベタグラウンドになっていて、本来、グラウンドに電圧は発生しないように思われます。このノイズはどのような仕組みで発生したと考えればよいのでしょうか。また、どうすれば抑制できるのでしょうか。

Examples of common mode noise occurrence

【図5-3-1】コモンモードノイズの発生例

5-3-2. 電流駆動型のモデル

(1) グラウンドのインピーダンスが高いとコモンモードノイズの原因になる

最初のモデルは、グラウンドのインピーダンスが高いがゆえに、グラウンドに電圧が出る場合を紹介します。電流駆動型と呼ばれます[参考文献 5,6]
図5-3-2のようにノーマルモードの信号がグラウンドを通って帰るときに、グラウンドのインピーダンスによって、左右のグラウンドに電圧が発生すると考えるものです。このノイズはグラウンドのインピーダンスが大きいほど強くなります。また、このインピーダンスは主にグラウンドパターンが持つインダクタンスによって発生します。

(2) グラウンドパターンが細いとき

図5-3-2のようにグラウンドがグラウンドプレーンではなく、パターン状で細い場合は、グラウンドのインダクタンスが大きくなり、発生するノイズも強くなります。
図5-3-3に、図5-3-1のMSLをグラウンドの幅の狭い基板に置き換えたときの測定結果を示します。図5-3-1に比べてノイズが大幅に増大し、CISPR22の限度値を大きく超えるノイズが放射していることがわかります。このレベルは、2-4節で紹介したように、デジタル信号に直にアンテナをつないだ場合に近いレベルであり、グラウンドであっても強いノイズ源となりうることを示しています。
このような基板は、グラウンドが弱いと表現されます。また、このようにノイズの多いグラウンドは、汚い(ダーティな)グラウンドと表現されることもあります。

Current drive model

【図5-3-2】電流駆動モデル

Example of noise that is emitted from a substrate with a weak ground

【図5-3-3】グラウンドの弱い基板から放射するノイズの例

(3) グラウンドパターンがダイポールアンテナのように働く

このときグラウンドにとりつけたケーブルは、図5-3-4(a)のようにダイポールアンテナとして働いていると考えることができます。また、このアンテナに流れる電流は、図5-3-4(b)のように信号電流の一部が、信号線の真下のグラウンドを通らずに、浮遊静電容量を通じて迂回して流れている成分であると考えられます。このように電流が本来のルートから外れて流れると、コモンモードノイズの原因になります。
このモデルを拡大し、迂回する経路にケーブルや大地を組み入れると、図5-3-5のようにモデル化することができます。図5-3-5のモデルは、5-2節の図5-3-3(b)に示した、ケーブルに流れるコモンモード電流が発生するしくみを説明することができます。

Example of noise emission from the current route and ground
【図5-3-4】電流経路とグラウンドからの放射の例
Model in which common mode current is conducted through a cable

【図5-3-5】ケーブルにコモンモード電流が伝導するモデル

(4) コモンモードノイズを減らすには

電流駆動型のコモンモードノイズは、グラウンドが持つインピーダンスが大きいほど、電流が大きいほど、強くなります。したがって、コモンモードノイズを抑制するには、

  1. (i)グラウンドのインピーダンスを下げる
    1. グラウンドパターンを平板状にする
    2. 基板の下に金属板を敷き(グラウンドプレーンと呼びます)グラウンドの補強をする
    3. 信号線とグラウンドを近付ける(信号線とグラウンドの間の相互インダクタンスを増やす)
    4. グラウンドを短くする(帰電流の経路を短くする、必然的に信号線も短くなる)
  2. (ii)電流を小さくする
    1. 負荷のインピーダンスを上げる
    2. フィルタで不要な高周波成分をカットする

などの手段が有効です。(i)は、グラウンドの強化という言葉で表されます。
なお、図5-3-1の実験例のように信号線の下にしっかりしたグラウンドプレーンがあるMSLであっても、無限に大きなグラウンド面を持たない限り、微小なインダクタンスを持っていますので、わずかながらコモンモードノイズは発生します。

5-3-3. 電圧駆動型のモデル

(1) 電流が流れなくてもノイズが発生する場合

電流駆動型のモデルは、グラウンドに電流が流れることにより電圧が発生しますので、電流が流れないときは、ノイズは発生しないはずです。ところが、現実の電子機器では、信号線の先に何もつながなくても(すなわち、電流がほとんど流れなくても、信号線に電圧をかけるだけで)コモンモードノイズが発生することがよくあります。
一例として、図5-3-1の実験で、負荷(50Ω終端)を取り外して信号線に電流が流れないようにしたときのノイズの変化を図5-3-6に示します。(a)は負荷がある場合、(b)は負荷が無い場合です。負荷が無いときは、ノイズは少なくなるのですが、それでも220MHzのノイズが残っています。これは電流駆動型のモデルではうまく説明できません。

Example of noise produced despite the absence of a current

【図5-3-6】電流が無くてもノイズが出る例

(2) 浮遊静電容量を通ってコモンモード電流が流れる

ここで残っているノイズは、電圧駆動型のモデルで説明できます。電圧駆動型は図5-3-7のように単純化されて説明されています[参考文献 5,6]
ノイズ源に平行な2本の導体がつながっているとき、導体の長さが等しい部分は伝送線路になっています。導体の先に何もつながなくても線間にある浮遊静電容量CDMによってわずかな電流は流れますが、この電流はノーマルモードですので、放射はごく小さくなります。
ところが図のように片方の導体が長く伸びていると、この導体にはノイズ源の半分の電圧が加わっているため、もう片方の導体との間で一種のダイポールアンテナを作ることになります。電圧駆動モデルは、このように伝送線路から突き出た導体によってアンテナが作られると考えるものです。
このときアンテナに流れる電流は、図のように浮遊静電容量Cantを介して流れることになります。

Voltage drive model

【図5-3-7】電圧駆動モデル

(3) グラウンドが広いほどコモンモード電圧は小さくなる

図5-3-7で、長い方の配線がデジタル回路のグラウンドであると捉えると、図5-3-8(a)のようにデジタル回路のグラウンドにコモンモード電流が流れる仕組みが説明できます。この電流は信号電流がごく小さくても、また、グラウンドのインピーダンスがごく小さい場合でも、信号線にノイズ源になる電圧があるだけで発生するものです。
このときグラウンドに現れるコモンモードノイズの電圧はどのように考えればよいでしょうか。図5-3-8(a)のモデルを変形して、図5-3-8(b)のように信号線とグラウンドのそれぞれに、大地に対する浮遊静電容量を考えます。このモデルのグラウンド側の容量Cgndに加わる電圧がコモンモードの電圧になります。
図5-3-8(b)のモデルでは、グラウンド側の浮遊静電容量Cgndが大きいほど(すなわち、グラウンドのサイズが大きいほど)、信号線側の浮遊静電容量Csigが小さいほど、コモンモード電圧は小さくなります。一般にグラウンドの強化と称してグラウンドのサイズを大きくすると、コモンモードノイズが小さくなりますが、図5-3-8(b)のようにモデルを考えると理解できます。

Example of the application of the voltage drive model to a digital circuit

【図5-3-8】デジタル回路への電圧駆動モデルの適用例

(4) ケーブルにコモンモードノイズが流れるしくみ

このようなグラウンドにケーブルがつながっているときを考えると、図5-3-9のようにコモンモード電流がケーブルに流れ出し、大地に対する浮遊静電容量を介してノイズ源に帰るモデルを想定することができます。このようにグラウンドにケーブルを取り付けると、図5-3-8(a)において矢印で示したコモンモード電流の一部が、図5-3-9のようにより大きな経路を流れることになります。一般に、ノイズを持つグラウンドにケーブルを取り付けるとノイズの放射が強くなりますが、このモデルはそのしくみを表しています。
このモデルはまた、5-2節の図5-2-3(b)に示した、ケーブルに流れるコモンモード電流が発生するしくみも説明することができます。5-2節の図5-2-3に対応させるために、図5-3-8と図5-3-9で電流の矢印の向きを逆にしていますが、経路としては同じものです。

Common mode current conducted through a cable

【図5-3-9】ケーブルにコモンモード電流が伝導する場合

このように電圧駆動型のモデルでは、信号線やグラウンドに電流が流れなくても、また、グラウンドにインピーダンスが無くても、信号線にノイズの元になる電圧があるだけで、浮遊静電容量を介してコモンモード電流が流れます。

(5) コモンモードノイズを減らすには

電圧駆動型でコモンモードノイズ(グラウンドに発生する電圧)を減らすには、Cgndを増やし、Csigを減らすことが有効です。また、図5-3-7や図5-3-8のCantを小さくすると、ノイズの電流を減らすことができます。具体的には、

  1. (i)ラウンドの電位を安定にする
    1. グラウンドを広く平板状にする(Cgndを増やす)
    2. 信号線とグラウンドを近付ける(Csigを減らす)
    3. 信号線を短くする、不要な突起を避ける(CantCsigを減らす)
  2. (ii)電圧を小さくする
    1. 駆動電圧を下げる
    2. フィルタで不要な高周波をカットする
    3. フローティングになっているノイズ源(放熱板など)がある場合はグラウンドに接続する
  3. (iii)ノイズ源の浮遊静電容量Cantを小さくする
    1. ノイズの強い個所には不用意に配線や金属を近付けない

などが有効です。このノイズを抑制する手法の多くは、電流駆動型のモデルとほぼ同一です。

(6) グラウンドの強化によるノイズ対策

図5-3-1で示したノイズの発生実験では、電流駆動型と電圧駆動型の双方のノイズが合わさって観測されていると考えることができます。
どちらのモデルであっても、グラウンドのインピーダンスを下げ安定にすることが重要であることは変わりません。一例として、図5-3-10に、MSLの幅を50mmまで拡大してグラウンドを強化したときのノイズの測定結果を示します。多層基板などを使い、十分大きなグラウンドプレーンを作ることができれば、このようにコモンモードノイズを抑制できます。

Suppressing common mode noise by reinforcing the ground

【図5-3-10】グラウンドを強化することでコモンモードノイズを抑制

(7) EMI除去フィルタによるノイズ対策

また、グラウンドの弱い基板であっても、適切にEMI除去フィルタを使ってノイズを除去すると、コモンモードノイズを抑制することができます。
図5-3-11に、図5-3-3で使ったグラウンドの弱い基板を使い、ノイズ源であるクロック信号にπ型のEMI除去フィルタを使用した例を示します。このフィルタはノーマルモード用のフィルタですが、ノイズ源のすぐ後(コモンモードに変換される前)に使用することで、コモンモードノイズをしっかり抑制できています。なお、このときノイズ源とフィルタの間のグラウンドは、インピーダンスを十分低くする必要があります。この実験ではノイズ源とフィルタの間だけはMSLにしています。
実際の電子機器のノイズ対策でも、このようにノイズ源を探しあてることができれば、コモンモードノイズであっても、ノーマルモード用のEMI除去フィルタを使って、グラウンドの弱い基板のままで、ノイズ対策をすることが可能です。

Noise suppression using a filter in a substrate with a weak ground

【図5-3-11】グラウンドの弱い基板のままでフィルタを使ってノイズを抑制

5-3-4. 注意すべきグラウンドの構造

(1) コモンモードノイズの少ないグラウンド

電流駆動モデルによるコモンモードノイズを減らすには、グラウンドのインピーダンスを下げ、信号の帰電流がスムーズに流れるようにすることが重要です。特にクロック信号のように高周波成分を多く含む信号の帰電流が流れるグラウンドには注意します。ここでは問題になることの多いグラウンドの構造の例をいくつか紹介します[参考文献 7]
図5-3-12(a)は、ノイズの発生の少ない理想的なグラウンドの例です。図のように信号線の下にグラウンドプレーンを作ると、信号の帰電流は信号線の真下を通って帰ることができ、コモンモードノイズは少なくなります。グラウンドプレーンは信号線だけではなくIC全体を覆うようにします。
なお、図ではグラウンドプレーンで表現していますが、多層基板では電源プレーンもグラウンドプレーンと同様の働きをします。以下のノイズを発生しやすい例では、電源プレーンでもこのような構造にならないように注意します。

(2) コモンモードノイズを発生しやすいグラウンドの例

図5-3-12(b)~(d)はノイズを発生しやすいグラウンド構造の例です。できるだけこのようにならないように注意します。
図5-3-12(b)は、グラウンドをプレーンではなく、配線状にした場合です。多層基板でない場合はこのような形状になることが多いのですが、図5-3-4で実験結果を示したように、比較的強いコモンモードノイズを発生します。

(3) グラウンドプレーンにスリットがある場合

図5-3-12(c)は、グラウンドプレーンにスリット状の欠落部がある場合です。図のように信号線の下にスリットが重なると、信号の帰電流をさえぎることになるため、隙間の両側に電圧が発生します。一見、グラウンドプレーンがあるように見えるのですが、このような構造はグラウンドプレーンの効果を台無しにします。図5-3-13(a)のように、信号線の側でスリット間をつなぐと、ノイズの発生を少なくできます。
このような構造は、ノイズの多いグラウンドを分離するときや、電源層に複数の電源プレーンを作るときに発生しがちです。クロック信号などノイズが多い信号線は、スリットをまたがないように配線します。

(4) 複数のグラウンドプレーンを貫通する場合

図5-3-12(d)は、信号線のviaが複数のプレーンを貫通している場合です。信号の帰電流は信号線に直近のプレーンを通るのですが、この層が複数になると、帰電流がうまく流れなくなります。図では、グラウンドプレーンと電源プレーンの2つを貫通した場合を示しましたが、グラウンドプレーンを2枚貫通する場合も同様です。
じつは多層基板の表裏で信号を貫通させるときは、このような構造になってしまいます。ノイズの発生を抑えるには、図5-3-13(b)に示すように、信号のviaの近くで、2つのプレーンの間を(図のように一方が電源層のときはデカップリングコンデンサを介して)接続します。

Examples of ground structures with a high level of noise
【図5-3-12】ノイズの多いグラウンド構造の例
Examples of improved ground structures

【図5-3-13】グラウンド構造の改善の例

5-3-5. シールドから配線が突き出ている場合

(1) 同軸ケーブルから中心導体が突き出ると

電圧駆動モデルを拡大解釈すると、長さの違う2つの導体に電圧が加わるときは、必ずコモンモード電流が発生するということになります。
例えば理想的な伝送線路である同軸ケーブルであっても、図5-3-14のように芯線が外部に突き出ていると、外部導体にコモンモード電流が誘導され、ケーブル全体をアンテナとしてノイズが放射します。これも電圧駆動モデルの一種であると考えられます。
図5-3-15に、20MHzのクロック信号に20cmの同軸ケーブルをとりつけ、先端で中心導体を3cm露出させたときのノイズを観測した実験結果を示します。わずか3cmの露出であっても強くノイズが放射されるようになることがわかります。

Common mode current flows when the end of the coaxial cable is exposed
【図5-3-14】同軸ケーブルの先が露出するとコモンモード電流が流れる
Change in emission when 3cm of the central conductor is protruding

【図5-3-15】中心導体を3cm突き出したときの放射の変化

(2) シールド全体がノイズのアンテナになる

図5-3-15(b)をみると、放射のピークは100~500MHzと比較的低周波となっています。露出した中心導体の長さは3cm、これがλ/4になる周波数は2.5GHzですので、この部分がモノポールアンテナとなっているとは考えにくいことがわかります。
500MHz以下の周波数を主に放射しているのは、よりサイズの大きな同軸ケーブル側であると考えられます。図5-3-14のように同軸ケーブルにコモンモード電流が誘導されていると考えると、同軸ケーブル側がアンテナになるしくみが理解できます。
先の4-3-16項の図4-3-27で紹介した、シールドケースから短い線が突き出た場合も、図5-3-14と同様の構造であると解釈できます。ただし、4-3-16項の図4-3-27の場合は、図5-3-14の外部導体のかわりにシールドケースにコモンモード電流が誘導されている点が違います。

(3) 穴が小さくてもシールドは破れる

このような実験は電子機器のシールドケースに配線が出入りしている状態を模擬しています。図5-3-16(a)のようにシールドに配線が出入りしていると、たとえ数cmの短い配線であっても、シールドにコモンモードノイズを誘導させる原因になることがあります。このような状態は、あたかも配線が貫通するわずか数mmの穴によって、シールドが破れるようにみえます。
シールドケースにコモンモードノイズが誘導されることを防ぐには、図5-3-16(b)のように配線がシールドを貫通する箇所にEMI除去フィルタを取り付け、ノイズの出入りを遮断します。

Broken shielding due to wiring passing through

【図5-3-16】貫通配線によるシールドの破れ

5-3-6. 共通インピーダンスノイズ

(1) 共通インピーダンスによって回路同士が干渉する

電子回路の中で、電源やグラウンドは複数の回路で共用されています。この電源やグラウンドの配線はインピーダンスがゼロであるのが理想ですが、現実には微小なインピーダンスを持ちます。この共用された部分のインピーダンスにより、一部の回路の電流が、他の回路に影響を与える現象を、共通インピーダンスノイズといいます[参考文献 2]。この共通インピーダンスノイズも、コモンモードノイズのモデルの一つです。先の電流駆動モデルとは、回路が複数であり、インダクタンス以外のインピーダンスも考慮し、グラウンド以外の線も含まれる点が違います。
例えば図5-3-17では、図の左側から電源を送り、回路1と回路2を動かしています。電源とグラウンドの配線は回路1、2で共用されていて、共通インピーダンスZpとZgを持っています。
回路1で大きな電流が流れると、共通インピーダンスによる電圧降下によって、電源やグラウンドの電圧が変化します。回路2のグラウンドや、このグラウンドにつながれているケーブルには、この影響でコモンモードノイズが表れます。
図では回路1をノイズ源としましたが、回路2が動作した場合にも、同様の作用で共通インピーダンスノイズが発生します。この場合には、回路2から回路1にノイズが伝わります。

Common impedance noise

【図5-3-17】共通インピーダンスノイズ

(2) 共通インピーダンスノイズを減らすには

共通インピーダンスによるノイズを減らすには、図5-3-18に示すように、

  1. (a)配線を太くして共通部分のインピーダンスを小さくする
  2. (b)回路別に専用の電源とグラウンドを配線し、共通部を無くす
  3. (c)デカップリングコンデンサにより回路1の電流を閉じ込める

などが有効です。

(a)は、先の5-3-2項で示した電流駆動モデルでのノイズ抑制と同様の考えです。

(3) 回路別に専用の電源とグラウンドを配線する

(b)の手法は電源の供給点を基準点とし、ここから各々の回路に個別にグラウンドや電源の線をつなぐ方法です。共用される配線が無くなるので、共通インピーダンスノイズは無くなります。
例えば、モータの駆動回路など大きな電流を制御する回路と、微弱な信号を扱う電子回路を混在させるときは、このような考えから電源やグラウンドは別系統で用意します。

(4) 1点グラウンド

この(b)の手法は、基準点から末端の回路に向けてグラウンド線を配るので、1点グラウンドと呼ばれることがあります(正確には、並列接続による1点グラウンドになります)。比較的低周波のアナログ回路で用いられる設計指針となっています。
1点グラウンドは、上記の共通インピーダンスノイズを減らす他に、末端のグラウンドの電位差による誤動作を防ぐなどの効果があります。1点グラウンドの詳細は専門書[参考文献 3,8,9]をご参照ください。
なお、1点グラウンドは配線が多くなり、基板上に作るときは図5-3-18(b)のように面積の制約から線幅が細くなり、高周波ではインピーダンスが大きくなってしまうという弊害があります。また、回路をまたいで(例えば回路1から回路2へ)信号を送るときは、信号の帰路となるグラウンドの設計が困難です。このため、デジタル回路ではあまり使われません。

(5) デカップリングコンデンサ

図5-3-18(c)は、電源にデカップリングコンデンサを使う方法です。高周波電流を回路1とデカップリングコンデンサの間に閉じ込めることにより、回路2への干渉を防ぎます。
デカップリングコンデンサは、コンデンサが働く高周波では効果的な手法です。有効な周波数の下限を広げるには、コンデンサの静電容量を大きくします。
デジタル回路で共通インピーダンスノイズを減らすには、一般的には図5-3-18(a)のように配線を太くしてグラウンドのインピーダンスを下げたうえで、デカップリングコンデンサを使います。

Reducing common impedance noise

【図5-3-18】共通インピーダンスノイズを減らすには

5-3-7. 平衡の違う伝送線路の接続

(1) 平衡回路と不平衡回路

ここまで主に電圧の基準点としてのグラウンドについて述べてきましたが、デジタル信号のような不平衡回路では、グラウンドは信号電流の帰路でもあります。
一般に、信号を運ぶ伝送線路には、平衡回路と不平衡回路があります。この2つは図5-3-19のように大地に対する電圧の配分が違っています。
図5-3-19は、線間電圧が1Vのときの、対地電圧の配分を示しています。(a)の平衡回路では、各線に0.5Vの電圧が加わり、符号が反対になっています。これに対して(b)の不平衡回路では、外部導体は0V、中心導体は1Vになっています。このように、不平衡回路では全ての電圧が中心導体に集まり、外部導体は0Vとなる特徴があります。

Balanced circuit and unbalanced circuit

【図5-3-19】平衡回路と不平衡回路

(2) 平衡度の違う回路の接続

この2つの回路を図5-3-20のように直接接続すると、不平衡回路のグラウンドに、平衡回路の片側の線がつながるため、信号の半分の電圧が加わることになってしまいます。すなわち、グラウンドに電圧が発生し、コモンモードノイズとなります[参考文献 5]。このとき、回路の接続点ではノーマルモードからコモンモードへの、もしくはその逆の変換が起きています。これをモード変換と呼びます[参考文献 1]
図5-3-21に、20MHzのクロック信号を(a)同軸ケーブルにつないだときと、(b)平衡ケーブルにつないだとき、(c)途中で同軸ケーブルから平衡ケーブルに変えたときのノイズの放射を測定した結果を示します。いずれもケーブルの長さは50cmとしています。図のように、途中でケーブルを変えない場合はノイズの放射は少ないのですが、途中でケーブルを変えると大幅に放射が増加します。これは、ケーブルの接続点で平衡度が変わったため、コモンモードノイズが誘導されたためと考えられます。
なお、図5-3-21では、他の実験データよりもノイズのレベルが高いため、垂直軸を変えています。

Connecting wiring with different balancing
【図5-3-20】平衡度の異なる配線の接続
Example of noise emission when connecting a balanced circuit and unbalanced circuit

【図5-3-21】平衡回路と不平衡回路を接続したときのノイズの放射の例

(3) 平衡-不平衡変換回路

通常、このように平衡回路と不平衡回路を接続するときは、モード変換を防ぐために、バルントランスと呼ばれる平衡-不平衡変換回路を使います[参考文献 5]。図5-3-22に変換回路の例を示します。コモンモードチョークコイルも、広い意味での平衡-不平衡変換回路といえます。これらのほかに、抵抗回路網や、一種の共振器を使う場合もあります。
図5-3-21(c)に示した実験で、ケーブルの接続点にコモンモードチョークコイルを使った例を図5-3-23に示します。コモンモードチョークコイルによりコモンモードへの変換が抑えられるため、ノイズの放射が10~20dB程度抑制されています。

Example of balanced/unbalanced conversion circuit
【図5-3-22】平衡-不平衡変換回路の例
Example of noise suppression using a common mode choke coil

【図5-3-23】コモンモードチョークコイルによるノイズ抑制の例

5-3-8. 意図しない平衡-不平衡接続

(1) 意識しない接続によりモード変換が発生する

同軸ケーブルやLANケーブルなどのように、平衡度がしっかり設計されている信号やケーブルをつなぐときは、平衡を崩さないように接続されることが普通です。ところが一般の回路では、平衡度を考慮して設計されなかったために、意識せずに図5-3-20(a)のようなモード変換の多い接続となる場合があります。そのような接続になりがちな例を図5-3-24に示します。

(2) フラットケーブルやフレキシブル基板

図5-3-24で、グラウンドプレーンを持ったプリント基板やデジタル回路は、比較的完全な不平衡回路であると考えられます。このような回路にフラットケーブルやフレキシブル基板をつなぐ際、ケーブル側がグラウンドの少ない構造になっていると、完全な不平衡とはならない場合があります。
このような場合は、ケーブルに流れるノーマルモードの信号の一部がコモンモードに変換されて、ケーブルや基板のグラウンドに表れ、ノイズとなって放射されます。

(3) 電源ケーブルやオーディオケーブル

また、電源ケーブルやオーディオケーブルなどでは電源とグラウンドが同数であることが一般的です。これらは構造的に平衡回路であると考えられます。図5-3-24に示したように不平衡なプリント基板に接続すると、接続部分ではモード変換が起きると考えられます。
通常は、これらのケーブルには直流や低周波しか流れないため、モード変換があっても支障はありません。ただし、これらのケーブルに高周波のノイズが流れているときは、モード変換によりコモンモードノイズが発生します。例えばスイッチング電源のスイッチングノイズが電源ケーブルから放射する場合などが考えられます。
このような平衡回路に近いケーブルが接続される箇所では、モード変換の有無にかかわらずノイズを除去できるように、コモンモードとノーマルモードの双方に有効なフィルタを構成します。

Example of unintended balanced/unbalanced connection

【図5-3-24】意図しない平衡-不平衡接続の例

(4) グラウンドの幅が違うMSLの接続

図5-3-24で示したフラットケーブルやフレキシブル基板では、十分な大きさのグラウンドが作れないために、平衡でも不平衡でもない中途半端な伝送線路になっていたのですが、プリント基板でも同様の現象が発生します。
例えば信号線にMSLを使った場合、信号線の下のグラウンドの幅が狭い場合は、同軸ケーブルのような完全に不平衡な伝送線路とはなりません。このような線路ではノーマルモードの電流が流れると、グラウンドにわずかに電圧を持ちます。
このため図5-3-25のようにグラウンドの幅の違うMSL同士を接続するときは、左右のMSLのグラウンドの電圧が異なっているために、グラウンド間に電圧が出ます。
このコモンモードノイズを抑制するには、左右のMSLでグラウンドの幅が変わらないように、グラウンドの幅を制御します。もしくは、EMI除去フィルタにより、あらかじめ信号線に流れるノイズ成分を除去します。
グラウンドの幅を制御する考えは、電流配分率という概念で説明されています。詳しくは専門書[参考文献 5]をご参照ください。

Connecting MSL with different ground width
【図5-3-25】グラウンドの幅の違うMSLの接続

「5-3. コモンモードノイズの発生」のチェックポイント

グラウンドにコモンモードノイズが発生する仕組みには

  • 電流駆動型モデル
  • 電圧駆動型モデル
  • 共通インピーダンス
  • 平衡回路と不平衡回路の接続

などがある

電子機器の設計では、これらの仕組みを持たないように注意します