第4章 DC-DCコンバータ設計支援ツールを用いたパワーインダクタの選定
4.1 DC-DCコンバータ設計支援ツールを用いたパワーインダクタの選定
パワーインダクタはDC-DCコンバータを構成する機能部品の一つであるため、その選定は、目的であるDC-DCコンバータの諸特性に基づく必要があります。
そこで第3章では、パワーインダクタが強く影響するDC-DCコンバータの重要特性について説明しました。
一般的にパワーインダクタは、実験またはシミュレーションによりこれら重要特性の優劣を評価することで選定されます。
また、第1章で示したように、同じインダクタンスをもつパワーインダクタでも、様々な工法の部品があります。
ムラタの代表品種を例に、それぞれの部品の特徴について以下に示します。
DFEシリーズ(巻線メタルアロイ)
金属磁性材料を用いることにより、Itemp・Isat・Racなど各種特性で優れた性能を実現します。
近年では、幅広い市場で主要部品となりつつあります。
LQMシリーズ(積層フェライト)
その構造から小型化かつ低コストが強みとなります。小電流動作する小型デバイスなどで多く採用されます。
LQHシリーズ(巻線フェライト)
高いインダクタンスもカバーした幅広いラインアップが特徴で、高電圧や大電流用途にも対応可能です。
このようにパワーインダクタには様々な種類があるため、候補全てを実験またはシミュレーションにより試行錯誤的に選定するのは効率的とは言えません。
ここで、弊社WEBサイト上でお使い頂ける無料の設計支援ソフトウェア“SimSurfing”のラインアップの一つとして揃えたDC-DCコンバータ設計支援ツールは、DC-DCコンバータの簡易回路シミュレータと高精度なパワーインダクタ特性のライブラリにより、簡便なパワーインダクタの選定手法を提供しています。
本章では第1~3章を総括し、弊社DC-DCコンバータ設計支援ツールを用いたパワーインダクタの選定手法について説明します。
4.2 DC-DCコンバータ設計支援ツールとは
DC-DCコンバータ設計支援ツールは弊社SimSurfingのツール群の一つで、こちらから使用できます。
本ツールは、第3章で示したパワーインダクタの性能が強く影響するDC-DCコンバータの重要特性である、以下の3つのパラメータを任意のパワーインダクタ(およびコンデンサ)に対して簡便に計算することが可能なツールです。
さらに、DC-DCコンバータの実仕様条件下でのパワーインダクタが消費する電力等も確認することができます。
本節では以下の項目の概要を説明し、次節にて具体的な使用例を示します。
- 効率
- リップル電圧
- 負荷応答
- パワーインダクタが消費する電力
|
Rdc |
Rac |
L |
効率 (低負荷時) |
- |
小さい方がよい |
大きい方がよい |
効率 (高負荷時) |
小さい方がよい |
- |
- |
リップル電圧 |
- |
- |
大きい方がよい |
負荷応答 |
- |
- |
小さい方がよい |
ツールの概要
下表の弊社巻線メタルアロイインダクタDFE、積層フェライトLQM、巻線フェライトLQHを例に、ツールの概要を説明します。下記はインダクタンス値毎に電気特性を示したものです。
「インダクタンス値:1µH」
|
Rdc |
Isat |
DFE252012F |
48 |
4.1 |
LQM2HPN_GH |
63 |
2.0 |
LQH2HPN_GR |
82 |
2.1 |
「インダクタンス値:2.2µH」
|
Rdc |
Isat |
DFE252012F |
97 |
3.1 |
LQM2HPN_GH |
138 |
1.5 |
LQH2HPN_GR |
160 |
1.55 |
グラフの出力フォーム:効率、リップル、負荷応答特性等の解析結果が出力されます。
DC-DCコンバータ動作条件の設定フォーム:表示例) Vin:3.6V、Vout:1.8 V、周波数:2MHz、Idc Max:2A
4.3 効率評価の評価方法
下記3アイテムを部品選定フォームで選定し、DC-DCコンバータの条件設定をVin=3.6V,Vout=1.8V,Idc=1Aとし、スイッチング周波数を2MHzまたは6MHzと設定すると、以下のグラフが出力されます。
|
L |
Rdc |
Isat |
DFE252012F |
2.2µH |
97 |
3.1 |
LQM2HPN_GH |
2.2µH |
138 |
1.5 |
LQH2HPN_GR |
2.2µH |
160 |
1.55 |
横軸は出力のDC電流 Idc[A]、縦軸は効率[%]を示します。本結果から、2MHzではDFE252010Fが、6MHzではLQM2HPNの効率が良いことが分かります。
- Vin:3.6V
- Vout:1.8V
- Idc Max:1A
-
「2MHz」
-
「6MHz」
4.4 リップル電圧の評価方法
効率同様に Output Voltage(Vout)がグラフとして出力されます。
横軸は時間 [us]、縦軸は電圧[V]を示します。
周波数が高くなるとリップル電圧が低くなり、またDFEのリップル電圧が低く、LQMが高くなる傾向が見えます。これは、DFEとLQMの直流電流重畳時のLの違いが要因となっています。
-
「2MHz」
-
「6MHz」
4.5 負荷応答特性の評価方法
負荷応答特性は Load Transient のグラフで出力されます。
横軸は時間 [us]、縦軸は電圧[V]を示します。
負荷変動の条件は、DC-DCコンバータ動作条件の設定フォームにて下記に設定されています。
この設定は Setup ConditionをStandardにすることで変更可能です。
図 負荷変動
負荷の応答波形とLCフィルタの条件を変えてないため、負荷応答特性はここではスイッチング周波数には依存しません。
本結果から、DFEの応答特性よりLQMの応答特性が良いことがわかります。
-
「2MHz」
-
「6MHz」
4.6 パワーインダクタの消費電力の評価方法
パワーインダクタやコンデンサ単体の特性を確認したい場合、グラフ表示フォームの上部にある選択肢から新規に表示させるグラフを追加する必要があります。
パワーインダクタの消費電力を確認する場合は“Inductor Loss”を選択します。
項目を追加することで、 Inductor Lossのグラフが追加されます。
横軸は出力電流[A] 、縦軸は消費電力[W] を表します。
本指標は効率と相関し、効率が良いものほど消費電力は低くなります。
そのため、2MHzではDFEの、6MHzではLQMの消費電力が低くなります。
-
「2MHz」
-
「6MHz」
4.7 設計支援ツールを使った選定事例
本節では、IoT/小型モバイル機器を事例にパワーインダクタの選定事例を示します。
対象アプリケーションではリチウムイオンバッテリーを使用し、小型で低消費電力であることが一般的です。
そのため、パワーインダクタとしては小型で高いインダクタンス値が求められる傾向があります。
一般的な回路ブロックからDC-DCコンバータの動作条件を下記とした場合の最適なパワーインダクタを選定します。
- Vin:3.6V
- Vout:1.8V
- 周波数:4MHz
- Idc Max:100mA
DC-DCコンバータの設定フォームにて本事例の動作条件を入力します。
DC-DCコンバータの動作条件:
- Vin:3.6V
- Vout:1.8V
- 周波数:4MHz
- Idc Max:100mA
4.8 インダクタンスの決定
次にDC-DCコンバータ回路の動作条件に適したインダクタンスを決定します。
一般的にパワーインダクタのインダクタンスは次式により計算されます。
ここで は出力電流リップル比を表しており、出力電流の大きさに対してパワーインダクタを流れる三角波電流の電流振幅の比率を設定するものです(下図)。
本パラメータはトレードオフとなるリップルと負荷応答特性のバランスを決めますが、一般的には0.3~0.4程度が適切と考えられています。
今回の動作条件で計算すると、約6~10µH程度が適切であると分かります。
*rは出力電流リップル比
r = Ip-p/Idc
4.9 インダクタの選定条件の設定
インダクタンスを決めたら、部品選定フォームの“Inductance”欄に値を設定します。
これだけの設定では100種類以上のパワーインダクタが候補に上がり、どれが適切なのかわかりません。
商品を絞り込むため、次に効率でソートします。
効率でソートするためには、まず“Efficiency Calculation”ボタンを選択し、動作条件(出力電流100mA)での効率をまとめて計算します。
効率計算が完了すると“Efficiency”の項目に計算結果が追加されます。
これにより効率の良いパワーインダクタがどれかわかるようになりました。
しかし、大きなインダクタが候補に上がっており、 IoT/小型モバイル機器向けのインダクタは候補に出てきておりません。
※NRND品は対象から外しています。
最後に、サイズでソートすることによって小型のパワーインダクタが上位に表示されます。
効率とサイズはトレードオフの関係にありますので、どちらを重視するかによって最適なパワーインダクタを選定できます。
今回の場合は下記2つの商品が候補として上げることができます。
- 効率を重視する場合:LQM21DN100M70
- サイズを重視する場合:LQM18DN6R8M70
さらに詳細な効率や、リップルによる商品の比較は4.2章で示したグラフによる比較で分析評価していくことができます。
まとめ
本章では、第1~3章で示してきたパワーインダクタの諸特性、および関連の強いDC-DCコンバータの諸特性について、弊社SimSurfing(DC-DCコンバータ設計支援ツール)により簡便に確認できることを示しました。
また簡単な選定事例を示しました。
更なる詳細についてはマニュアルをご確認ください。
本ツールを用いることで候補のインダクタ全てを実機やシミュレーション評価をせずに主要パラメータを考慮したパワーインダクタ選定が可能になり、設計工数を大幅に減らすことができます。