インダクタ (コイル)携帯電話 -アンテナ-

アンテナ、パワーアンプ、SAWフィルタ、スピーカー、マイク、これらの周辺回路に必要とされる特性の解説、推奨製品をご紹介いたします。

はじめに

近年の無線端末では複数の無線通信システムを搭載しており、スマートフォンに代表されるように多機能化が進んでいます。各無線通信システムはそれぞれ使用する周波数帯域が異なるため、別々のアンテナを用意する必要があります。携帯端末内の限られたスペースに複数のアンテナを搭載するために、小型化が求められていますが、アンテナは使用する周波数の波長に合わせて設計されるため、周波数が低くなるほど波長が長くなり、大型になってしまいます。

一例を挙げると、MDTV (ISDB-T/CMMB/DVB-H) 向けアンテナでは、UHF帯 (470-800MHz) を使用するためアンテナの小型化が困難になります。小型化の方法としてインダクタによる共振周波数の調整が挙げられますが、アンテナ特性の劣化を考慮した部品選定が必要となります。また、サービスが開始されたLTE (Long Term Evolution) でも700MHz帯や複数のバンドをカバーしたアンテナが求められています。特に注目されている技術として、1つのアンテナ素子をスイッチなどで切り替えて周波数を可変させる切り替え方式があります。この切り替え方式でもスイッチと共に周波数調整用に集中定数 (インダクタやコンデンサ) を用いることがあります。

本稿ではMDTV用周波数可変チップ誘電体アンテナでのインダクタの選定例について紹介します。周波数可変チップ誘電体アンテナはアンテナの共振周波数を可変させて比帯域50%を越える470-800MHzの帯域をカバーしています。周波数可変には容量可変ダイオードを用いており、チャンネル毎に周波数を切り替えています。このアンテナでは小型化のためにLQWシリーズを用いて携帯端末内への内蔵化を実現しています。

図1: MDTV用アンテナの外観
図2: MDTV用アンテナの反射特性

アンテナに使用するインダクタの選定方法

アンテナに周波数調整を目的としてインダクタを使用する場合は、アンテナの放射特性を劣化させないためにQが高く挿入損失を低く抑えられるインダクタを選定する必要があります。また、共振周波数のバラツキを抑えるために偏差の小さくいインダクタが望まれます。さらに豊富な定数値ラインナップがあることも選定要素になります。アンテナは周辺環境による影響を受けやすく、端末内部の仕様変更毎に細かく周波数調整する必要があるためです。

次項ではインダクタが持つQによるアンテナ特性への影響と偏差による周波数バラツキについて周波数可変チップ誘電体アンテナへの適用事例を用いて説明します。

インダクタの種類によるアンテナの放射特性

図3、4にSimSurfing 別ウィンドウで開く に掲載しているインダクタの種類によるQとRの周波数特性を示します。図3、4は一例として10nHのインダクタの結果を示しています。LQGシリーズと比較して、LQWシリーズは高いQ特性と低挿入損失のインダクタであることがわかります。

図3: LQWシリーズとLQGシリーズのQ比較 (ともに10nH)
図4: LQWシリーズとLQGシリーズのESR比較 (ともに10nH)

図5には周波数可変チップ誘電体アンテナのインダクタ種を変更した場合のアンテナの放射効率を示しています。周波数可変チップ誘電体アンテナでは複数のインダクタを使用しているため、おおよそ1dB程度の効率差が発生します。LQWシリーズを適用することで放射効率の劣化を最小限に抑えることが可能になります。使用するインダクタンス値が大きくなればなるほど、インダクタが持つESR (等価直列抵抗: Equivalent Series Resistance) が増加するため、インダクタの種類も慎重に選定する必要があります。

*複数のインダクタ種を変更した結果です
図5: アンテナの放射効率

インダクタの偏差による周波数変動

MDTVでは1channelあたり6~8MHzの帯域が割り当てられています。視聴時にはこの帯域内をカバーするようなアンテナ特性が必要になります。アンテナの共振周波数が変化する要因として各種の公差・偏差があり、放射素子となる電極の公差や基板への搭載時のズレ、端末への組み込み時のバラツキなどがあります。それらを考慮して必要な帯域を確保できるアンテナ設計が求められます。そのため、使用するインダクタも偏差の小さい品種を選定する必要があります。

図6、7はインダクタの偏差を±2%と±5%とした際の周波数可変チップ誘電体アンテナのリターンロス波形を示しています。±2%のインダクタを使用すると共振周波数が変動しても必要な帯域をカバーできていますが、±5%のインダクタを使用すると必要な帯域外に共振周波数がシフトしてしまい、放射特性の劣化が懸念されます。

図6: 偏差±2%時の周波数変化
図7: 偏差±5%時の周波数変化

図8にシミュレーションから得られた放射効率特性を示しています。放射効率の最大値 (Mkr1) に対して、±2%のインダクタ偏差を想定した場合の放射効率劣化量は0.04dB程度 (Mkr1とMkr3の差分) ですが、±5%を想定すると0.37dB程度 (Mkr1、Mkr4の差分) も劣化してしまうことになります。これはあくまで使用インダクタが一様に偏差限界品となった場合の例ですが、アンテナの放射特性向上に注力するためにも予め狭偏差のインダクタを選定しておく方が得策と言えます。

図8: アンテナの放射効率

まとめ

アンテナでは第一に良好な放射効率が求められます。そのためにも使用するインダクタは上述のように慎重に選ぶ必要があります。
また、端末に内蔵されるような最近の小型アンテナでは搭載される機器の状況 (機器のサイズ、アンテナの場所、周辺部品の配置など) で特性が変化します。

このため、1次試作、2次試作と各試作フェーズで周辺環境の変化により、アンテナ特性が変化してしまいます。その際には、都度アンテナを作りかえるのは非現実的であり、ラインアップの多いインダクタを調整素子として有効に使うことでこの変化にも柔軟に対応可能になります。
ここでは、一例としてMDTV用のアンテナを取り上げて説明いたしましたが、LTEやWLAN用アンテナでも同様のことが言えます。また、複数のバンドを切り替えることやMIMOシステムのアンテナ間で結合を抑えるようなフレキシブルなアンテナ設計が求められており、集中定数を有効活用していく必要があります。

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