EMI除去フィルタ(EMC・ノイズ対策)ノイズ対策 基礎講座【第1部】
第4章 空間伝導と対策

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第4章

空間伝導と対策

4-3. ノイズのアンテナ

ノイズの導体伝導と空間伝導を仲介するのはアンテナになります。アンテナの性質を理解しておくと、より小さいコストでノイズの少ない電子機器の設計が可能になったり、シールドやEMI除去フィルタを適切に使えるようになったりします。
基本的なアンテナには、ダイポールアンテナとループアンテナがあります。
ノイズ対策では電子機器の様々な構造を、図4-3-1、図4-3-2に示すように基本アンテナが変形いているもの、組み合わされているものと解釈します。このようにモデル化することで、ノイズの放射や感度の高い周波数、方向などを把握することができます。
ここではこれらの基本アンテナの性質を紹介します。

Example of modeling in which a digital signal wiring is understood as an antenna

【図4-3-1】デジタル信号配線をアンテナとしてとらえるモデルの例

Example of modeling in which an interface cable is understood as an antenna
【図4-3-2】インタフェースケーブルをアンテナとしてとらえるモデルの例
 

4-3-1. 2つの基本アンテナ

ここで取り上げる基本的なアンテナのモデルを図4-3-3に示します。

(1) ダイポールアンテナ

図4-3-3(a)はダイポールアンテナです。一般に2つの電線の間に電圧をかけると、周りの空間に電界が発生します。この反対に、電界の中に2本の電線を置くと、電圧が誘導されます。ダイポールアンテナはこの働きを利用するもので、基本的には電界に対して感度があります。

(2) モノポールアンテナ

図4-3-3(b)のモノポールアンテナは、ダイポールアンテナの片方の電線をグラウンド面としたアンテナです。アンテナとしての働きはダイポールアンテナに類似していますので、ここではダイポールアンテナの一種として扱います。

(3) ループアンテナ

図4-3-3(c)はループアンテナです。このようなループ状の電線に電流を流すと、ループを貫くように磁界ができます。また、この反対にループを貫いている磁界が変化すると、電線には電磁誘導による起電力が発生します。ループアンテナはこの働きを利用するもので、基本的には磁界に対して感度があります。

(4) 電波の放射

このようにアンテナに電圧や電流を加えると、周囲に電界や磁界が生まれます。この電磁界により、電波が生まれ、放射されます。ただし、アンテナの回りの電磁界の全てが電波に変換されるわけではありません。多くの場合、電界や磁界のエネルギーのほとんどは再びアンテナに戻ります。ここではアンテナに戻らず、電波に変換される成分を放射ということにします。

Basic antenna
【図4-3-3】基本アンテナ

4-3-2. アンテナの基本的な性質

アンテナは回路が電波を放射するとき、電波を受信するときの出入り口になります。ここではアンテナの働きや性質を表す言葉を紹介します。

(1) 電波を放射しやすいアンテナとは

電圧や電流を加えたときに、より強い電波を放射するアンテナが、効率の良いアンテナといえます。次節以降で詳しく説明しますが、一般的には形状が大きい方が、電波が飛びやすくなります。
放射の強さはアンテナが受け取る電力に比例します。この電力はアンテナに加わる電圧や電流が大きければ増えるのですが、この他に、図4-3-4のようにアンテナと信号源のインピーダンス整合の良し悪しでも変わります。
また、電波を放射しやすいアンテナは、電波を受信するときも効率が良いという性質があります。ここではこのような性質があることを前提に、説明をノイズの放射に絞っています。電波を受信するときのインピーダンス整合には、アンテナにつながる負荷のインピーダンスを使います。
なお、ここでいう効率の良いアンテナは、アンテナ理論でいう利得(ゲイン)の大きなアンテナとは異なります。また、アンテナ自体にはロスがないことを前提に説明しています。

Radio wave emission and impedance matching
【図4-3-4】電波の放射とインピーダンス整合

(2) 偏波とアンテナの向き

電波が空中を伝わるときの電界や磁界の方向を偏波といいます。アンテナはこの偏波に対して感度の高い方向があります。基本アンテナの方向を図4-3-5に示します。
ダイポールアンテナは素子を伸ばした方向(ここではアンテナの軸と呼びます)の電界に感度が高く、これに直交する電界は受信しません。電波を放射する場合も同様で、軸に直交する電界は発生しません。
ループアンテナの場合は、ループ面に直交する方向に軸があり、軸の方向の磁界に感度が高くなっています。また、軸に直交する(ループ面に平行な)磁界には感度がありません。

Polarization of radio wave and antenna direction
【図4-3-5】電波の偏波とアンテナの方向

(3) 放射パターン

アンテナは全ての方向に均一に放射するわけではなく、方向によって強弱を持ちます。これを放射パターンといいます。一方向に強く放射するアンテナは指向性がよいといいますが、ノイズ対策の場合は、指向性の良いアンテナは望ましくありません。
基本アンテナの放射パターンを図4-3-6に示します。図のようにダイポールアンテナとループアンテナは、向きは違いますが同じ形状の放射パターンを持っています。ただし、これはアンテナのサイズが波長に比べてごく小さいときのパターンであり、周波数が高くなり、波長に比べてアンテナのサイズが無視できなくなると変化します。また、これは電波として放射する成分だけを表していて、アンテナの近くの電磁界の分布とは異なっています。

Emission pattern of basic antenna (for low frequencies)

【図4-3-6】電波の偏波とアンテナの方向

以下の項ではこれらの基本アンテナの性質とノイズの放射の関係を紹介します。最初にダイポールアンテナについて説明し、これを元にループアンテナの説明をします。

4-3-3. ダイポールアンテナ

(1) ダイポールアンテナ

2本の開いた線の間に電圧をかけて電波を放射させるアンテナをダイポールアンテナと言います。図4-3-7(a)のように線の長さが波長に比べてごく短いときはノイズの放射は弱いのですが、図4-3-7(b)のように全体の長さが約1/2波長(すなわち、片側で1/4波長)付近まで長くなると、電流が流れやすくなり(共振といいます)、強い電波が飛ぶようになります。図4-3-7(c)のようにダイポールアンテナの片側をグラウンド面にしたモノポールアンテナもダイポールアンテナの変形例といえます。この場合、アンテナの長さが1/4波長になる周波数で電波が強くなります。

Dipole antenna
【図4-3-7】ダイポールアンテナ

(2) どの程度の強さで電波が飛ぶのか

ダイポールアンテナはどの程度の強度で電波を放射することができるのでしょうか。電磁界シミュレータで電波の強さを計算した例を図4-3-8に示します。
ここでは垂直に置いたアンテナの根元に1Vの正弦波を加えたときの電界強度を、水平に10m離れた点で観測しています。ノイズの測定を想定して、床面の反射とアンテナ高の上下を考慮しています。アンテナの太さは1mmとし、デジタル回路の高調波がノイズとなることを想定して信号源の出力インピーダンスを10Ωとし、10MHzの奇数倍の周波数で計算しています。
図4-3-8(a)はアンテナの長さが40mmとごく短い場合です。比較的電波は小さく収まっています。
図4-3-8(b)はアンテナの長さが200mmの場合です。電波が大きく増大し、690MHzでピークを持つことがわかります。
図4-3-8(c)は、アンテナの長さを1mまで伸ばした場合です。電波の増大は頭打ちになり、150MHz、430MHz、730MHzでピークを持っています。
このように、一般傾向としてはアンテナの長さが長くなるほど電波は強くなるのですが、ある程度長くなるとピークの周波数が表れ、それ以上長くしても最大強度は頭打ちとなる傾向があることがわかります。

Frequency characteristics of dipole antenna (calculated values)

【図4-3-8】ダイポールアンテナの周波数特性(計算値)

デジタル機器のノイズ規制では、10mの距離で30~40dBµV/mが限度値となっています。図4-3-8のグラフの表示域はこれよりもはるかに強いレベルですので、1Vの信号がまともに入ると、ノイズ規制の限度値を大幅に超える電波が放射されることがわかります。

(3) ダイポールアンテナにデジタル信号がつながると

ノイズ源として、デジタル信号をつないだときはどの程度の放射になるのでしょうか。図4-3-8(b)の20cmのアンテナに、2-4節で説明した高調波をつないだときの放射強度を計算した結果を図4-3-9に示します。
図4-3-9(a)は、信号源に1Vの正弦波をつないだときで、図4-3-8(b)と同じデータです。
図4-3-9(b)は、10MHzの理想的なデジタルパルスを接続した時の計算結果です。グラフの垂直軸の表示域を40dB変えています。ノイズ源がデジタル信号の高調波であっても、CISPR クラス2の限度値を30dBも超える電波が放射することがわかります。
図4-3-9(c)は、2-4-4項で述べたように、パルス波形を遷移時間20nsの台形波としたときの計算結果です。この場合は限度値内に収まります。
このようにダイポールアンテナは非常に強い電波を放射する働きがあります。電子機器で使う配線や構造物の形状がダイポールアンテナの形にならないように、注意をして設計する必要があります。また、ダイポールアンテナの形になるときは、あらかじめEMI除去フィルタを使うなどして、信号の立ち上り時間を遅らせ、高調波を減らすことが有効です。

Emission when connected to 10MHz digital signal (calculated values)
【図4-3-9】10MHzのデジタル信号がつながったときの放射(計算値)

(4) アンテナの長さと波長の関係

図4-3-8で、ピークとなった周波数とアンテナの大きさには関係があります。図4-3-10に、各周波数における波長に対して、アンテナの長さを比べた図を示します。
図のように、長さが200mmのときは750MHzで、1mのときは150MHzで1/2波長になります。この周波数は図4-3-8でピークとなった周波数にほぼ一致しています。このように、ダイポールアンテナは長さが1/2波長になる周波数で電波が飛びやすくなる性質があります。
図4-3-8(c)では、1/2波長となる150MHz付近以外にも電波のピークが周期的に表れています。これはアンテナの長さが1/2波長になる周波数(この場合は150MHz)の奇数倍で電波が飛びやすくなる性質があるためです。このときアンテナの中では3-3-6項で述べたような定在波と共振が発生していて、電流が流れやすくなっています。
ノイズ対策ではノイズの放射が少なくなるように、アンテナになるような配線の長さを波長に比べて短く抑えることが重要です。図4-3-9では目安として波長の1/20になる範囲を示しています。配線やケーブルの長さがこの範囲に収まるように設計すると、ノイズの問題が少なくなります。

Relationship between antenna length and wavelength

【図4-3-10】アンテナの長さと波長の関係

以下の4-3-4項~4-3-15項では、アンテナがノイズを電波に変換するときの、効率の良し悪しを決める要素について説明します。少し専門的になりますので、興味の無い方は4-3-16項にお進みください。

4-3-4. 入力インピーダンス

ダイポールアンテナが、1/2波長になる周波数で電波が強くなるのはどうしてでしょうか。その理由の一つは入力インピーダンスです。
図4-3-11に、図4-3-8で使ったアンテナの入力インピーダンスを計算したグラフを示します。アンテナが波長に比べて短い時は入力インピーダンスが1000Ω以上あり、ほとんど電流が流れないことがわかります。また、長さが1/2波長の奇数倍になる周波数では入力インピーダンスが極小点を持ち、100Ω前後(一番低い点では約73Ω)であり、電流が流れやすくなっています。(図4-3-8では周波数が20MHzおきなので、周波数が少しずれて見えます)
このように、長さが1/2波長の奇数倍になる周波数では、アンテナの入力インピーダンスが下がり電流が流れるので、電波が強く放射すると(簡易的には)考えることができます。
なお、この極小点は、長さが1/2波長になる周波数よりもほんの少し低周波側にあります(アンテナの太さにより変わります)。このときインピーダンスはリアクタンスの無い純抵抗になり、アンテナは共振しているといいます。他の周波数ではリアクタンスを持ちますので、リアクタンスの極性により、誘導性(インダクタのようにリアクタンスがプラスの状態)、容量性(コンデンサのようにリアクタンスがマイナスの状態)と呼ばれます。

Input impedance of dipole antenna (calculated values)
【図4-3-11】ダイポールアンテナの入力インピーダンス(計算値)

4-3-5. 放射抵抗

アンテナの入力インピーダンスの抵抗成分には放射抵抗が表れています。この放射抵抗は、電流を電波に変換するアンテナの働きを表す量で、放射抵抗が大きいほど、同じ電流が流れたときに強い電波が放射します。入力インピーダンスの抵抗成分=放射抵抗では必ずしもないのですが、この抵抗成分は放射抵抗の目安になります。
図4-3-12に、ダイポールアンテナの抵抗成分の例(図4-3-8の計算で長さ1mの場合)を示します。1/2波長の共振周波数では約73Ωになる性質があります。
アンテナが1/2波長よりも短くなる周波数では、入力インピーダンスが高く電流が流れにくいのと同時に、抵抗成分も小さくなっています。この周波数域では、たとえ電流が流れても、放射しにくいといえます。
これに対して、1/2波長を超える周波数域では、抵抗成分の割合が大きくなっています。この周波数域では、たとえわずかでも電流が流れると放射する条件になっています。図4-3-8(c)の高周波域では共振周波数以外の周波数でも、高レベルの放射が観測されているのはこのためです。

Resistance component of input impedance

【図4-3-12】入力インピーダンスの抵抗成分

なお、図4-3-12から判るように、ダイポールアンテナは1/2波長の奇数倍で共振するだけではなく、偶数倍の周波数でも共振しています。ただし、このときはインピーダンスが極大となり電流が流れないので、放射は比較的弱くなっています。信号源のインピーダンスが大きいときは、この偶数倍の周波数の方がインピーダンス整合がとれ、放射が強くなる場合があります。

4-3-6. インピーダンス整合

(1) インピーダンス整合

電波が強く放射する現象をより正確に表すには、3-3-6項で説明したインピーダンス整合の概念を使います。信号源の出力インピーダンスと負荷のインピーダンスが同じ時に、インピーダンス整合し、伝わるエネルギーが最大になります。
図4-3-8の条件では、アンテナの入力インピーダンスが10Ωに近づくほど受け取るエネルギーが増え、より強く電波を放射することになります。また反対に10Ωから大きく外れると、エネルギーはノイズ源側に反射され、電波は弱くなると考えられます。

(2) 共役整合

インピーダンス整合をさらに正確に表すには、共役整合という概念を使います。
共役整合とは、図4-3-13のようにインピーダンスの実数部(抵抗分)を合わせたうえで、虚数部(リアクタンス分)を相殺させる状態をいいます。このようにすることで、アンテナのようにリアクタンスを持つ回路に対して最大のエネルギーを伝えることができます。共役整合はリアクタンスが相殺されますので、一種の共振状態といえます。
これまでの計算では信号源の出力インピーダンスを10Ωの抵抗としましたが、信号源にリアクタンスがある場合も考えられます。このときは、アンテナがこれを相殺するリアクタンスを持つ周波数で共役整合に近くなり、電波が飛びやすくなると考えられます。すなわち、信号源にリアクタンスがある場合はアンテナの共振周波数がずれ、1/2波長以外の周波数でも電波が飛びやすくなります。

Conjugate matching
【図4-3-13】共役整合

4-3-7. 整合回路

(1) 共役整合による周波数変化の例

共役整合によりアンテナの共振周波数がずれる例として、図4-3-8(b)の条件で、信号源にわずかなインダクタンス(50nH)を加えたときの放射を計算した例を図4-3-14に示します。インダクタンスを付加することで、共振周波数が低周波側に動いていることがわかります。
この程度のインダクタンス(50nH)は、配線の長さが数cm変わるだけで容易に変化する量です。電子機器のノイズ対策では、このように回路をつなぐ配線の長さを変えるだけで(回路の動作は変えなくても)ノイズの強さが大幅に変わることがあります。ノイズを放射しているアンテナの共振の変化がその要因の一つであると考えられます。

Example of change in resonance of dipole antenna
【図4-3-14】ダイポールアンテナの共振の変化の例

(2) 整合回路

なお、このような手段を用いると、比較的短いアンテナでも低周波で共振させることができるので小型の無線機を作るときなどに便利です。ここで加えた50nHのインダクタンスのように共役整合を調整する回路は整合回路と呼ばれます。一般に整合回路は、リアクタンスと抵抗分の双方を調整します。
ノイズ対策では、ノイズを除去するために取り付けたインダクタやコンデンサが、意図せずに整合回路を形成し、ノイズの放射を増大させる場合があります。このような危険を減らすためにはノイズ対策に使う部品にできるだけ損失の大きな部品を使います。

4-3-8. 放射パターン

ダイポールアンテナからはどのような方向に電波が飛ぶのでしょうか。
図4-3-8(c)に示した長さ1mのダイポールアンテナの周囲の電界を±5mの範囲で計算した結果を図4-3-15に示します。図で、アンテナは中央に、上下に向けて配置されており、床面からの反射は考慮していません。また、信号源の出力インピーダンスは0Ωです。色が青から赤に近づくほど、電界が強くなっています。
図4-3-15(a)は周波数が30MHzの場合です。このように比較的低周波ではアンテナの周囲に電界が集中し、上下方向に広がっているように見えます。図4-3-6に示した基本パターンと形状が違うのは、後に述べる近傍界が主に観測されているためです。
図4-3-15(b)は1/2波長共振の場合です。周波数が上がるにつれて電界は左右方向に広がるようになり、共振周波数で大きく広がります。この周波数域は図4-3-6に示した基本パターンに比較的近くなります。
図4-3-15(c)は3/2波長共振の場合です。6方向に放射が分かれる様子が見て取れます。周波数が高くなるとこのように放射の方向が分かれる傾向があります。

Calculation result of the electric field surrounding a dipole antenna
Fig. 4-3-15 Calculation result of the electric field surrounding a dipole antenna
Calculation result of the magnetic field surrounding a dipole antenna

【図4-3-16】ダイポールアンテナの周囲の磁界の計算結果

図4-3-16は、同様に磁界を計算した結果です。(カラースケールは遠方界で電界と磁界が同一色となるように調整されています)。
(a)に示した低周波では、電界と磁界の形が大きく違っています。また、(b)、(c)に示した高周波では、アンテナから遠くなるにつれ、電界と磁界の強度が同一になっていきます。この電界と磁界の分布の違いが、後に述べる波動インピーダンスに関連します。

4-3-9. ダイポールアンテナの理論特性

ダイポールアンテナから電波が飛ぶ様子は、図4-3-15、図4-3-16のように電磁界シミュレータで観測することもできますが、単純なモデルであれば電磁理論から計算することもできます。ここでは最も単純な結果だけを示します。詳細は専門書[参考文献 3]をご参照ください。
ごく短いダイポールアンテナから放射する電波は、遠方界だけに絞ると以下の式で表すことができます。図4-3-6に示した基本放射パターンは、この式を元とした形状です。

Electric field emitted by a very small dipole antenna

【図4-3-17】微小ダイポールが放射する電界

ここで、lはアンテナの長さ(m)、Iは電流(A)、ωは角周波数(Hz)を表します。また、波長λは周波数に反比例します。この式から、比較的小さいダイポールアンテナから放射する電波は、以下の性質を持つことがわかります。

  1. (i)電波の強さはアンテナの長さ、電流、周波数に比例し、距離に反比例する。
  2. (ii)電波は偏波を持つ。図のように垂直に立てたアンテナからは水平方向の電界(EΦ)は発生しない。
  3. (iii)最大放射方向は図の左右方向(θ=90°)である。

アンテナになる配線の長さを短くすると、同じ電流であっても電波の放射を小さくできることがわかります。

4-3-10. ループアンテナ

もうひとつの基本的なアンテナに、ループアンテナがあります。
ループアンテナは図4-3-3(c)に示したように、1周する配線に電流を流し、電波を放射させるアンテナです。ダイポールアンテナと同じく線が短いときは、放射は弱いのですが、長くなりループの作る面積が大きくなると、放射が強くなる性質があります。
図4-3-18に、正方形のループアンテナの放射を計算した結果を示します。計算条件は図4-3-8のダイポールアンテナの場合と同様です。ループは水平に置いています。
(a)は1辺が20mmと小さい場合です。放射は比較的小さくとどまっています。
(b)は一辺が100mmの場合です。放射が増大するとともに、810MHzにピークを持つことがわかります。
(c)は一辺が0.5mの場合です。放射のピークは170MHzを最初に、そのほぼ整数倍の周波数で観測できます。また、放射の強さは170MHz以上ではだいたい一定になります。
以上のように、ループアンテナでもダイポールアンテナと類似の周波数特性が表れます。ただし、放射のピークが1周の長さ(1辺の4倍)が波長の整数倍になる周波数付近で発生する点が違います。

Loop antenna
【図4-3-18】ループアンテナ

4-3-11. ループアンテナの共振周波数

(1) 入力インピーダンス

図4-3-18で計算した条件で、入力インピーダンスを計算した結果を図4-3-19に示します。
図4-3-19(a)は、入力インピーダンスです。ダイポールアンテナの場合と同様に、放射が強くなる周波数でインピーダンスが極小になっていることがわかります。ダイポールアンテナと同じく、これらの周波数では配線上に定在波が生まれ、共振しています。

(2) 抵抗成分

図4-3-19(b)は1辺が100mmの場合の抵抗成分を示しています。ダイポールアンテナと同様に、インピーダンスの極大点、極小点の双方でインピーダンスと抵抗値が一致しており、アンテナは共振していることがわかります。また、極大点では放射はピークになりませんが、これもダイポールアンテナと同様に、信号源とのインピーダンス整合ができないためです。

Input impedance of loop antenna (calculated values)

【図4-3-19】ループアンテナの入力インピーダンス(計算値)

(3) アンテナの長さと共振周波数

ループアンテナのインピーダンスの極小点は、1周の長さが波長の整数倍になるときに発生します。このため、放射が強い周波数は、最初の周波数の整数倍になります。(ダイポールアンテナの場合は奇数倍でしたので、ループアンテナの方が共振周波数の間隔が狭いように見えます)
なお、ループアンテナの場合の共振周波数は、物理的な長さで決まる周波数よりも、通常は少しだけ高周波側で発生します。例えば図4-3-19(b)の極小点は、1波長ですと750MHzに発生するはずですが、この場合は810MHzになっています。(ダイポールアンテナの場合は低周波側にずれます)

4-3-12. ループアンテナの周りの電磁界

先のダイポールアンテナの場合と同様に、ループアンテナの回りの電界と磁界を計算した結果を図4-3-20に示します。ここでは図4-3-18(c)のように1辺が0.5mの正方形のループアンテナを、軸が紙面の上下方向になるように配置して(したがってループが囲む面は紙面に垂直)、計算しています。
図4-3-20(a)は比較的周波数の低い30MHzのときの電磁界を示しています。電磁界の強い場所はアンテナの周囲に限定されることがわかります。また、磁界は図4-3-6で紹介した基本パターンとは異なる形状となっています。
図4-3-20(b)は1波長共振となる170MHzでの電磁界を示しています。図の配置では上下方向に放射されていることがわかります。この場合も図4-3-6の基本パターンとは異なっています。
図4-3-20(c)は2波長共振となる310MHzでの電磁界を示しています。こちらの場合は左右方向に放射されており、図4-3-6の基本パターンに近い形状です。
このようにループアンテナの近傍の電磁界は、図4-3-6に示した基本パターンとは異なる形状となる場合があり、注意が必要です。図4-3-6の基本パターンは、アンテナが波長に対して十分小さく、なおかつ十分遠方で測定する場合の形状です。

Calculation result of the electromagnetic field surrounding a loop antenna
【図4-3-20】ループアンテナの周囲の電磁界の計算結果

4-3-13. ループアンテナの理論特性

ダイポールアンテナと同様に、ループアンテナの基本放射特性も、電磁理論から図4-3-21のように計算することができます[参考文献 3]。この式は図4-3-6の基本パターンの元となっています。

Electric field emitted by a very small loop

【図4-3-21】微小ループが放射する電界

ここで、Sはループの面積(m2)、Iは電流(A)、ωは角周波数(Hz)を表します。また、波長λは周波数に反比例します。この式から、比較的小さいループアンテナから放射する電波は、以下の性質を持つことがわかります。

  1. (i)電波の強さはループの面積、電流に比例、周波数の2乗に比例し、距離に反比例する。
  2. (ii)電波は偏波を持つ。図のように水平に置いたアンテナからは垂直方向の電界(Eθ)は発生しない。
  3. (iii)最大放射方向は図の横方向(θ=90°)である。

電波の強さは配線の長さには直接関係なく、ループアンテナの面積Sで決まります。Sが小さくなるように配線を作ることにより、電波の放射を小さくできます。
なお、図4-3-18に示した計算結果では放射が周波数の2乗に比例するようには見えません。これは、アンテナの入力インピーダンスが大きく変化し一定電流ではないこと、高周波では微小ループとはみなせないこと、などの影響によります。

4-3-14. 近傍界と遠方界

一般に、アンテナの周りの電界や磁界はアンテナから遠くなるほど弱くなります。では、どの程度弱くなるのでしょうか。
現象を単純化するために短いアンテナに100MHzの電流が均一に流れるとして、電磁理論から電界と磁界を計算した結果を図4-3-22に示します。図から、

  1. (i)ダイポールアンテナのごく近くでは電界が強い
    この領域では電界は距離の3乗で、磁界は距離の2乗で減衰する
  2. (ii)ループアンテナのごく近くでは磁界が強い
    この領域では磁界は距離の3乗で、電界は距離の2乗で減衰する
  3. (iii)どちらのアンテナも比較的遠方では、電界、磁界の両者は距離の1乗で減衰する
    このとき電界と磁界の比率は377Ωになっている
  4. (iv)(iii)の領域に切り替わるのは0.5m付近である

ことが見て取れます。この(i)、(ii)の領域が4-2-6項で述べた近傍界であり、(iii)の領域が遠方界となります。(iii)の遠方界では電波が波となって放射していると考えることができます。
(iv)の遷移距離は周波数によって変化し、λ/2πとなることが知られています(100MHzでは約0.5mとなります)。
なお、図4-3-22のグラフは具体的なイメージが把握できるように、周波数を100MHzに固定して表現しています。横軸を波長に対する長さに正規化することにより100MHz以外の周波数にも適用できるようになります。詳しくは専門書[参考文献 3])をご参照ください。
近傍界では距離によって電界や磁界が急激に減少します。ノイズ対策では距離を離すことが有効であるとともに、距離を近付けざるを得ない場合は、電磁界が極端に強くなるため、シールドが必要になります。

Distance characteristics of the electric field and magnetic field surrounding a dipole antenna
【図4-3-22】ダイポールアンテナの周りの電界と磁界の距離特性

4-3-15. 波動インピーダンス

アンテナの近くで電磁シールドを使うときは、シールドの効果が波動インピーダンスにより変化します。波動インピーダンスとは、ある場所の電界と磁界の比率をいいます。図4-3-22で示したように、ダイポールアンテナの近くでは電界が強いため波動インピーダンスは高く、逆にループアンテナの近くでは磁界が強いため波動インピーダンスは低くなります。
図4-3-23に図4-3-22の計算結果より算出した波動インピーダンスを示します。ダイポールアンテナのごく近く(1cm以下)では、10kΩを超える高インピーダンスとなる場合があり、ループアンテナのごく近くでは、10Ω以下の低インピーダンスとなる可能性があることがわかります。ただし、どちらのアンテナの場合でもλ/2π(100MHzでは0.48m)を超える距離では遠方界となり、波動インピーダンスは377Ωに収斂していきます。この値は、電波が伝わる空間の誘電率と透磁率により定まります。

Calculation results of wave impedance
【図4-3-23】波動インピーダンスの計算結果

4-3-16. ノイズが飛びにくい電子機器を設計するには

(1) 配線を短く、ループ面積を小さくする

以上のように電波の放射は、アンテナの長さやループ面積に依存します。電子機器の配線を短くすると電波が飛びにくくなるのはこのためです。
配線を短くできない場合でも、配線間隔を狭めるとループアンテナの面積が小さくなりますので、放射は小さくなります。図4-3-24に往復40cmの配線の間隔を狭めたときの放射の変化を示します。(a)、(b)、(c)の順に放射が少なくなることがわかります。また、約750MHzの放射のピークは比較的強く残る傾向があります。この周波数では往復する配線が伝送線路を形成し、1/2波長共振回路となり大きな電流が流れるためです。

(2) 共振する周波数でノイズが残りやすい

また、ダイポールアンテナの場合でも、図4-3-25のように配線を折りたたみ間隔を狭めると、放射が小さくなります。これは共振周波数や電流値が変わらなくても、放射抵抗が小さくなる効果があるためです。ループアンテナと同様に、共振周波数のノイズは残りやすい傾向があります。このような共振を無くすには次節に述べる損失の大きなノイズ対策部品が有利です。

Change in emission by reducing the loop area (calculated values)
【図4-3-24】ループ面積の削減による放射の変化(計算値)
Change in emission by the angle of the lines (calculated values)
【図4-3-25】線の角度による放射の変化(計算値)

(3) ローパスフィルタでノイズを除去する

図4-3-24(c)、図4-3-25(c)のように強い共振があり、共振周波数でノイズの放射が強くなっているときは、LCを用いたローパスフィルタを使うと共振周波数が移動し、別の周波数でノイズが強くなる場合があります。図4-3-26に、ローパスフィルタとしてインダクタを使ったときの例を示します。
図4-3-26(a)は、図4-3-25(c)に示した計算結果です。750MHz付近に強い共振が観測されています。
図4-3-26(b)はこのノイズを抑えるためにEMI除去フィルタとして50nHのインダクタを装着した場合です。第6章で詳しく述べますが、インダクタやバイパスコンデンサはローパスフィルタとして働き、ノイズがアンテナに伝わるのを防ぎます。図4-3-26(b)でもローパスフィルタの働きにより、750MHzのノイズは落ちています。ただし、430MHzでノイズが増加していることがわかります。このように共振回路に不用意にノイズ対策部品を装着すると、共振状態が変化し、ノイズを増大させてしまうことがありますので注意が必要です。

(4) 損失の大きなEMI除去フィルタを使う

このような不具合を防ぐには、EMI除去フィルタに損失の大きな部品を使います。図4-3-26(c)には一例として、インダクタに直列に100Ωの抵抗を加えた場合を示しています。共振がなくなり、全ての周波数でノイズの放射が小さくなっていることがわかります。このようにインダクタと抵抗の性質を併せ持った部品にはフェライトビーズがあります。フェライトビーズについては第6章で詳しく説明します。

Effect of loss by a noise suppression component (calculated value)
【図4-3-26】ノイズ対策部品の損失の影響(計算値)

(5) シールドケースから突き出た線はモノポールアンテナになる

ノイズの空間伝導を抑えるにはシールドが有効です。電子機器の全体をきっちり囲うことができれば、シールドは有効に機能します。ところが多くの電子機器ではシールドを配線が出入りし、ノイズの出入り口となるので、シールド効果を損ないます。
このときのアンテナのモデルは、シールドをグラウンド面に、出入りする配線をモノポールアンテナとしてとらえることができます。図4-3-27(a)にこのときのモデルを示します。このモデルでは、突き出た配線の長さが短いほど、ノイズの放射は小さくなります。現実の電子機器のノイズ対策でも、定性的にはこのような傾向が得られます。

(6) シールドケースがダイポールアンテナとして働く

このモデルでは図4-3-27(a)に示すように配線が極端に短いとき(この場合は1cm)では、電波はほとんど飛びません。ところが現実のノイズ対策では、たとえ1cmの配線でも無視できない強さでノイズが放射されることがあります。
これは図4-3-27(b)に示すようにシールド自体がダイポールアンテナの片方の素子として働くことになるためです。このときの電波を飛ばすアンテナの主要部は短く突き出た配線ではなく、シールドケースの方になります。このような状態を、シールドが破れたことにより、ノイズがシールドケースに誘導されているといいます。
このときのアンテナとしての働きは、シールドケースの大きさや形状により変わります。共振周波数は、シールドの大きさを含めたダイポールアンテナの共振周波数で想定できます、図4-3-27(c)にダイポールアンテナとしてモデル化した場合のモデルと計算結果を示します。図4-3-27(b)と放射のピークの周波数は同様ですが、より強い放射が観測されています。

(7) シールドから突き出た線には短くてもフィルタを入れる

このように、シールドからノイズを含んだ配線が突き出るときは、短い線であっても油断できません。このような線があるときは、シールドを出入りする箇所にEMI除去フィルタを使用することをお勧めします。

Examples of shielding case that works as an antenna (calculated values)
【図4-3-27】シールドケースがアンテナになる例(計算値)


「4-3. ノイズのアンテナ」のチェックポイント

  • アンテナはノイズの導体伝導と空間伝導を仲介する
  • 基本アンテナにはダイポール(もしくはモノポール)アンテナと、ループアンテナがある
  • ダイポールアンテナは電界を作り、電界を受信する
  • ループアンテナは磁界を作り、磁界を受信する
  • ノイズ源とアンテナのインピーダンスが整合し、共振した時に強い放射が出る
  • ノイズを減らすにはアンテナを小さくし、共振を抑える